仕込みさんはこの街からは用が無いと出られないのが決まりだった。


細く長い一本道。石畳の敷かれた街並み。
夕暮れが近く左右にズラっと並ぶお茶屋の玄関に吊るされた街の印が入ったまん丸提灯に灯りが燈りはじめていた。


花街は祇園東か甲部がもっぱら有名なので、なごみのいる街は静かな京都の花街らしい雰囲気を醸し出していた。



「玉屋さんとこの仕込みちゃん」


「こんにちはおかあさん」



住み込みで過ごしている置屋までの帰り道はいろんな人に会う。

稽古の行き帰りの同期の仕込みや、舞妓さんの姉さん達、
カメコと呼ばれる芸舞妓の写真を撮るおじさん達や、置屋やお茶屋のおかあさん達。


呼び方も様々で、

基本は、名前の後にさんをつけてそのあとに姉さん。

菊丸で言うと、「菊丸さん姉さん」だ。

だいたい芸妓さん姉さん、舞妓さん姉さんはそれで呼ぶ。

けれど、屋形の女将は、みんなおかあさんと呼ぶ。区別をつける時だけ、「玉屋のおかあさん」と呼んだり、現役の頃の源氏名を付けて呼んだりする。

あとは、舞妓さん姉さんの中でも上の方になると、おっきい姉さんと呼ぶ。

芸妓さん姉さんでも然り。

おかあさんにも舞妓芸妓の時代がある。おかあさんの姉さんは、また、おっきいおかあさんになるのだ。


なんどかややこしい。


なんとなくみんなの真似してなごみはこれまでやってきていた。

誰が誰なんてわからない。