「ほらね、いい風が吹いたでしょう?」

 カルミアが指先で円を書くと小さな風が生まれる。それを見たロシュはカルミアの発言を思い出していた。

「カルミアさん、もしかして……」

「カレーの匂いって、本当に美味しそうよね。宣伝も兼ねて、校内に風を循環させてみたの。昨日は宣伝活動も頑張ったのよ」

 無駄に校内を歩き回ったわけじゃない。カルミアの宣伝効果もあり、外にはカレーを求める多くの学生が待ち構えている。

「さあベルネさん。休んでいる暇はありませんよ」

 カルミアはぐいぐいとベルネの背中を押す。

「は? ちょいと、小娘!?」

「さあさあ手を動かして下さい。ベルネさん、野菜を切るのがとっても早いんですから。皮むきだってあっと言う間。ほら、学生たちが待っているんですよ。私には貴女の力が必要なんです!」

「小娘の癖に人使いが荒すぎやしないか!?」

「まあまあそう言わずに。これから一緒に頑張りましょうね!」

 ベルネはなおも言いたいことがあるようだが、学生たちが待っていると知り手を動かし始める。カルミアが見込んだ通り、ベルネの作業は人一倍早く正確だ。
 同じ作業を何度も繰り返すうち、あのベルネが熱気に当てられ汗をかいていた。しかし文句が飛び出すことはなく、手を動かし続ける。きっとベルネには届いているのだろう。学生たちの喜ぶ声が。

「ね、ベルネさん。誰かに美味しいって言ってもらえるの、嬉しいですよね」

 何年経とうと、いつの時代も変わらない。誰かのために料理を振る舞い、美味しいの一言でまた頑張れる。ベルネもまた、カルミアと同じ気持ちを抱えていた。

「ああ、そうだね」

  ベルネは深く噛みしめるように頷く。想いが通じた嬉しさから見つめていると、我に返ったベルネに怒られてしまった。

「小娘、手が止まってるよ。もたもたしてる暇はないんだろ。早く指示を出しな!」

 並んで作業台に立ち、カルミアとベルネはそれぞれの仕事をこなしていく。
 なんて素晴らしい光景だろうと、これまでベルネに追い出された人たちを見てきたロシュは静かに感動していた。

 その後、学食を変えたカルミアの話題はカレーとともに学園中を駆け巡る。
 ロシュ発端の、もう一つの噂とともに。

「カルミアさんて、戦場帰りらしいですよ。いくつもの修羅場をくぐってきたらしいんです!」

 それを耳にしたカルミアは思わずロシュの肩を引っ掴んでいた。

「言ってない!」

 カルミアは叫ぶが、すでに噂は校内中に広まっていたという。