スプーンを置くと、ベルネの口元が僅かに緩む。この人の優しい表情を見るのは初めてだ。

「あたしの負けだ。美味かったよ」

「ありがとうございます!」

 この世界にカレーを広められたこと、ベルネの口から美味しいを引き出せたこと、それは素直に嬉しいものだった。

「まったく、おかしな小娘が来たものだね。ここらであたしも潮時か」

「ベルネさん?」

「たしかにね、あたしの料理を不味いと口にした奴はいた。でもそいつらは黙って学園を去るか、あたしに頭を下げて許しを乞うた。それなのに何が違う。あんたからは、ただならぬ決意を感じた」

「ベルネさんにはベルネさんの信念があるように、私には私の信念があるだけです。自分の心を偽った発言をすることも、私の料理を信じてくれる人を裏切るわけにはいきません。それに、私には守らなければならないものがあるんです」

 攻略対象の食生活という重要な使命が。

「なるほど、守るものの違いか。そういうことかい……」

「ベルネさん?」

「思えばあたしの料理はずっと一人よがりだった。誰かのためなんて感情、随分と昔に忘れちまったみたいだ。あたしは大切なことを忘れていたんだね。最後にいいものを見せてもらったよ」

「あの、ベルネさん。急に悟ったような感じを出すのやめてもらえますか。私たちの戦いはこれからなんですから! さあさあ手を動かしますよ!」

 ベルネを置き去りにして厨房から外に出たカルミアは、そこに積まれていた荷物を持ち帰る。
 箱の中にはにんじんなどのたくさんの野菜が詰め込まれており、カルミアは野菜の山をベルネに向けて差し出す。全て皮をむき、切るようにとの指示付きで。

「これはどういうことだい!? こんなにたくさんの野菜、どこから……」

「私が手配しておきました」

「なんだって!?」

 ラクレット家の流通を駆使しての調達は、どうやら間に合ったようだ。

「これでお腹を空かせた学生たちを笑顔にすることが出来ますね」

「ま、待ちな! こんなにたくさん、一体誰が食べるっていうんだい!?」

 ベルネが言い募ろうとすると、大慌てのロシュが飛び込んできた。

「カルミアさん大変です! なんか、お客様がたくさん押し寄せて!」

「なんだって!?」

 ベルネが驚いて立ち上がるところをカルミアは初めて目撃する。そして冷静に言い放った。