ここを訪れてからというもの、カルミアは迷いばかりで身動きが取れずにいた。
 しかし方針さえ決まればカルミアの行動力は誰よりも飛び抜けている。今日までラクレット家の事業を手伝ってきた特別顧問は強かった。
 あくまで優雅に、食事中のお客様の前では走らずに。しかし確固たる意志を持って突き進むカルミアの目的地は決まっている。

(ここで働きながら密偵もこなせというのなら、まずは学食を立て直す。潜入先が潰れるというのなら、潰させなければいいじゃない!)

 厨房に乗り込んだカルミアはベルネを呼び出そうと声を張り上げた。

「ベルネさん! 聞こえていますよね。出てきてください話があります」

 学食中に意識を傾け、常に会話を聞いているベルネは話の通じない相手ではないと思う。だからこそカルミアはまず話し合いの場を設けようとした。
 しかし返答はない。確かに届いてはいるが、カルミアのことなど相手にするつもりはないという意思の表れだ。

「わかりました。なら聞いていてください。私、やっぱりベルネさんのやり方には納得出来そうにありません。あの料理でお金を取ろうなんて学生が可哀想です。何故なら、貴女の料理は美味しくありません!」

 その言葉を発した瞬間、やはり空気ががらりと変わる。あの時フロアで感じた、肌を刺すような怒りだ。

「小娘……」

 声とともにベルネの姿が浮かび上がる。その表情は怒りを通り越して呆れていた。

「あんたはあいつの血縁だ。あたしだってね、知り合いの子に怪我させたくはないんだよ。今ならまだ聞かなかったことにしてやる。このあたしに、喧嘩売ろうってのかい? 誰を敵に回しているのかよく考えな」

「ベルネさんこそ、私が誰かよく知っているはずです。私は勇敢なる英雄の子孫、カルミア・ラクレットです」

「はっ、何を言い出すかと思えば。あんあたはあいつとは違う。いいかい、あいつに免じて許してやれるのは一度。わかったらさっさと荷物をまとめて学園を去りな!」