【電子書籍化&コミカライズ】悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました

「まずは保冷庫の確認からですね」

 保冷庫とは調理場の隣に作られた小さな続き部屋のことで、扉を開ければひんやりとした冷気が忍び寄る。魔法を使って室温を下げ、あるいは氷を生み出すことで食材が痛むのを防ぐ専用部屋だ。それは部屋であったり、小さな箱がそう呼ばれることもある。

「お肉に玉ねぎ、にんじんとじゃがいも……」

(この顔ぶれが揃っているのなら、リデロの好きなあれが出来るわね)

 メニューを伝えるまでもなく、匂いだけで喜ぶリデロの顔が浮かぶ。

(まだ市場には流通はさせていないけれど、お客様の反応を見ることも出来る。メニューは決まりね)

「決めました。今日はカレーを作ろうと思います」

「カレー、ですか?」

「リシャールさんも聞いたことはありませんか?」

 始めて聞いたというようなリシャールの反応にカルミアは落胆していた。博識なアレクシーネの校長だからと、どこかで勝手に期待していたのかもしれない。
 不思議なことに、カルミアは何故自分がカレーという料理を知っているのかがわからない。
 カルミア以上に博識な両親も、同じ船に乗る仲間たちも。時には仕事で訪れた異国の人間に訊ねたこともあるが、誰に聞いてもそんな料理は知らないと言われてしまった。

(でも私は確かにカレーという料理が存在して、どうやって作ればいいのか手順も知っていた。美味しいことも理解しているから、どこかで食べたことがあるはずなのよね)

 自分はいったいどこでカレーを食べたのか。いくら考えても思い出すことは出来ず、もどかしさばかりが募っていく。

「カルミアさん?」

 リシャールの呼びかけでカルミアは記憶巡りを中断する。作り手が悩んでいては食べてくれる人にも不安を与えてしまうだろう。