【電子書籍化&コミカライズ】悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました

 確かにカルミアはリシャールにこの話をした。しかしリシャールの口から語られたものはカルミアが語ったものより鮮明だ。まるで見ていたかのように詳しい。
 とはいえまずは聞かなければならないことがある。

「うちの船で一体何を!?」

 感動の再会よりも不穏な前文の方が気になってしまった。裏にこのようなエピソードが隠されているとなれば綺麗な思い出だけでは済まないだろう。

「……少々人様には言えないようなことを」

 口元を引きつらせるカルミアに、リシャールは慌ててフォローする。

「それは誤解です! 誓ってラクレット家の船に悪事を働いたわけではありません。別のところで問題が起こりまして、身を隠させてもらっていたのです」

「それはそれで問題だと思うんですが」

「その問題有り余る私に手料理を恵んで下さったのがカルミアさんでしたね」

 改めて状況を説明されると昔の自分に目眩を覚えた。見知らぬ人間相手に何をしているのだろう。警戒心が足りないにもほどがある。
 しかしリシャールは嬉しそうに続けた。

「誰かが自分のために何かをしてくれる。そんな当たり前のことを、私はあの時初めて知りました。最初は――」

 リシャールが思い出したように笑うので、カルミアは恐る恐る問いかけた。

「な、なんですか?」

「いえ、最初は殺してしまうつもりだったのですが。幼い貴女があまりにも……ふふっ」

 想像以上に物騒だった。リシャールは軽やかに笑い続けるが、幼いカルミアにとっては命の危機である。

「カルミアさんは私を新しく入った船員と勘違いしていましたが、後々騒がれては厄介です。顔も見られてしまいましたし、生かしておけないと思いました。貴女が手元に集中しているのをいいことに、ナイフを構えて背後へ迫ったのです」

(逃げてー! ものすごく逃げてカルミア!)

 現在の自分が無事なのだから、昔の自分だって無事に決まっている。それでも全力で過去の自分に向けて逃げてと言いたくてたまらない。

「幼い貴女は振り向き、私を見てこう言ったのです。皮むきを手伝ってくれるのね。ありがとう、と。おそらく私の手にしたナイフを見てそう解釈したのでしょう」

 カルミアはもはやどんな顔をして話を聞けばいいのかわからない。