【電子書籍化&コミカライズ】悪役令嬢はラスボスの密偵として学食で働くことになりました

 慌てふためくカルミアだが、リシャールは落ち着きを取り戻している。これが大人の余裕というものだろうか。

「急なことではありません。私はカルミアさんのことが好きなのです。ずっと昔から、名前も知らない貴女のことばかりを想い、生きてきました」

 リシャールの想いはカルミアの予想をはるかに超えるものだった。
 けれど二人で過ごした時間は一月にも満たない。それなのにリシャールはずっと昔からと言うのだ。

「昔って……」

「カルミアさんは昔、私を救って下さったのです」

 リシャールの顔には隠しきれない嬉しさが見える。それが大切な思い出であることは、同じような経験のあるカルミアにもわかった。そして昔を懐かしむように、静かに語り始める。
 しかし……

「かつては人に言えないような仕事をこなしていた私ですが」

 リシャールの思い出には不穏しか感じなかった。

(これ大丈夫な話? 私、聞いて平気? 後で口封じとかされない!?)

 しかしカルミアは口を挟むことが出来なかった。リシャールがあまりにも優しい目をして語っていたからだ。

「私はたまたま訪れた船で幼い少女と出会った。彼女は調理場で木箱を積み上げ、不安定な魔法の力で水を生み出し、野菜を洗っていました」

(それって……)

 カルミアの脳裏にはある映像が浮かんでいた。

「そして見ているこちらが不安になるほど拙い手付きで包丁を握り、皮をむきはじめた。彼女の切った野菜は料理経験のない私からしても不格好なもので、コンロに放つ火さえも頼りなく揺れていました。ですが少女は幼い身体に秘めた力を駆使することで、なんとか野菜炒めを完成させたのです」

 カルミアはわなわなと震え始めていた。それはとても聞き覚えがある話だった。

「そしてあろうことか、彼女は見ず知らずの私に料理を振る舞ってくれた。見た目は不格好ではありましたが、とても美味しかったことを憶えていますよ。カルミアさん」

 物語の最後はカルミアに向けた言葉であった。
 いよいよカルミアは黙っていられなくなる。

「あれリシャールさんだったんですか!?」

「はい」

 リシャールが頷けば、これまで影が差していた思い出の少年に色がつく。