ある所に一つの国がありました。
死を獣が嘆き、虫や壁のような蔦が来る人を拒み、険しい山岳と毒の沼に囲まれた小さな城を持ち、疫病による争乱の喧騒が絶えないレブナンドという小国です。
読み書きも出来ない老齢の王様が統治するそこは、他の国や訪れる旅人からも嘆かれ死の国と呼ばれていました。
無論、王様は何もしていないのではなく今までも幾度となく争いを諌め、何年も政務に取り組みました。ですが、争いはさらなる争いを生み、幾度となく報復の応酬をする中で、もう誰もなぜ争うのかさえ忘れてしまっているのでした。
今日もまた、三日月もうっすら見える暁天の空に幾本の黒い煙が立ち上り、悲声と怒号が響いているのです。
蜥蜴の集落のある岩場に、蝙蝠が火を放ったのでしょうか。積み重なる蜥蜴の死骸を前に、蝙蝠たちが鬨の声を響かせていました。
蝙蝠たちのその声は空を裂き、レブナンドの城にも届いていました。
王様の部屋には窓すらありません。
遠くに聞こえる蝙蝠たちの声に眉をひそめながら、王様はゆっくりと目を開きました。
「おい誰か、水を持て」
体をゆっくりと起こしながら、王様は命じます。扉を護っていた小人族の衛兵が気づき、百足の侍女に水を持ってくるように伝えました。
欠けたグラスに生温い水が注がれ、小人族の衛兵に届けられます。
「王様、おはようございます」
小人族の衛兵は、王様にグラスを手渡しました。王様は何も言わずにグラスを受け取ります。
欠けたグラスの中には、およそ真水とは呼べないほどに濁った泥水が注がれていました。
王様は眉をひそめ渋い顔をしたまま、その水を一息に飲み干します。
「王様、お食事になさいますか?」
「このまま執政の間へ向かう。支度をせい」
小人族の衛兵の言葉を聞き終わらないうちに王様は立ち上がりました。
蝙蝠の声だけでなく、蜥蜴の岩場から立ち上る黒い煙は嫌な臭いを発し、王様の部屋の中まで悪臭に包まれていました。こんな場所では食事をする気にもなれないのでした。
小人族の衛兵がパチリと指を鳴らすと、ガラスが割れ落ちた窓の外から三羽の梟が王様の支度を届けます。
王様は擦り切れたボロボロのマントを羽織り、欠けて宝石の無い王冠を被り、折れて補修された錫杖を手にしました。
足取り重く、王様は寝室を後にしました。
今日はどのような困難がレブナンドに降りかかるのでしょう。それを考えると、足が思うように進められないのでした。