黒澤くんがゆっくり一歩一歩近づいてきて、私は一歩、また一歩と後ずさりをする。
そしてとうとう、かかとが壁にぶつかって、私にはもう逃げ場はないんだと理解する。
「あの……どうしたの、黒澤く……ひぃ!」
ドンッと私の顔の横に手をつくと、またニヤリと笑う彼。
こんなに楽しそうな表情、初めて見たかもしれない。
「じゃあ……」
「え?」
「キスの1つぐらい、してくれるの?」
き、キスってなに!?
キスの1つぐらいって……私、キスなんて一度もしたことないのに!
というか、中学生のときの黒澤くんはこんなドSじゃなかったよ!?
あと少しでキスができちゃう距離まで顔を近づけてくる。
彼の甘い匂いに包まれて、頭がクラクラしてきた。
「や……っ、ち、近いよっ」
恥ずかしくなって抵抗してみるけど、全く黒澤くんは動じない。
あぁ、懐かしい。
懐かしい、この匂い。
ふと目を閉じると、まだ幼い顔をした中学生の頃の黒澤くんが思い浮かぶ。
あの頃は、すれ違う人に同じ匂いの人がいると、振り返ってしまうほどだった。
それぐらい、彼が好きだった。
彼は何度か私をぎゅっと抱きしめてくれた。
その度に感じたこの甘い匂いを私はずっと忘れられなかった。
彼が抱きしめてくれたとき、私は恥ずかしくて抱きしめ返したことはなかったけど。



