綾瀬くんは私が大嫌い







「お姉ちゃんが帰ってくるらしい」



「えっ?」



ムラのない黒い肌に短い黒髪。私と並んで歩くと余計にでかく感じてしまう野口春樹(ノグチハルキ)が眉を上げて私を見下ろした。

もう4月だけれど早朝は寒く、中にセーターを着てこなかったことを悔やみながら彼に向かってもう一度言う。


「お姉ちゃん、帰ってくるらしい。ゴールデンウィーク。」


「え?眞子(マコ)が?」


「うん。」


「っはー。珍しく朝一緒に行くっていうから何かと思ったら、わざわざそれを言いたかったのか」


呆れた顔でいう春樹だけれど、軽く鼻で息を吐いて口角を上げた。

「別にいちいちいいよ言わなくても。正月だって帰ってこなかったし、大学生活充実してるんだろうと思ってたし。」

俗に言う幼なじみの彼が、大学進学で都内に行ってしまった姉に会いたがってた事を知っている。彼は私の姉が好きなのだ。

「そっかぁ、でもお母さんが春樹に教えろって言うから。多分帰ってきたらご飯呼ばれるとおもうよ~。」


「そっか」


私には期待を含んだように聞こえ、なんだやっぱり嬉しいんじゃん、と思う。

しばらくどうでも良いような話をし、もうあと2、3分で駅に着くといったところで春樹が五十音順の一番初めの文字を口から漏らした。

「あ」

疑問に思うまもなく春樹の視線を追いかけてみるとその先に居た、


「っ!綾瀬くん!」


私と同じ高校の、つまり春樹と同じ学生服を着た、綾瀬真揮(アヤセ マサキ)が、駅へと向かって歩いていた。
私の呼びかけが音楽越しに聞こえたのか、耳にしていたイヤホンを右だけ取ってゆっくり振り向く。

かわいらしい。


思わず春樹を置いてきぼりにし、ローファーを鳴らせ走った。

自分が満面のそれになり、ゆるりとしただらしない表情だと分かった。けれども嬉しいので仕方ない。

「おはよう!今日は早いんだねぇ!」

綾瀬くんは私を少し見たあと、私より後ろをみてそっちの方へ軽く手をあげた。

ん?春樹だけに挨拶した?

まぁいつもの事かと納得して、また笑顔で話しかける。

「一緒に行こうねぇ、綾瀬くん!」

やっと追いついた春樹が「お前なんで今日は早いの?」 と聞くと私には開かなかった口で小さく「気分」と単語を話す。


かわいい。