「なつきちゃ…私」


しばらく一文字に結んでくっついていた唇を、ゆっくり上下に剥がして口を開いた時だった。

簡素で軽いドアが開く音がした。

反射で夏樹ちゃんが私から手を離し立ち上がる。


「あれっ。兄貴?…と亜子?」

「おぉ、春樹!…と、あれぇ?綾瀬?どうした?」


そこには春樹と綾瀬くんが並んでいた。

咄嗟にまくられた袖をなおす。

夏樹ちゃんが疑問の目を向けると、春樹は言いづらそうに話し始める。


「いや俺ら3年と合同で体育だったんだけどさ……綾瀬が3年に絡まれて。ちょっと面倒になったから抜け出してサボれるところ探してたんだよね。」


「あ、ぁ〜。綾瀬お前ほんと周りを敵にするよなぁ。」


夏樹ちゃんが情けない声を出して綾瀬くんに近づく。
夏樹ちゃんと二人きり、更に涙目になっていた所にいきなり二人が現れ、気まずさで黙って座っていたら綾瀬君と目が合う。

見られただろうか。


彼はいつもと同じ淡白な表情だった。



「お前ら三人揃ってしょうがないなぁ、俺が怒れちゃうじゃん。もう。じゃあはい、コピー手伝って。で、ここに並べてある紙を右から順番にとっていってホッチキスで止めて。」   


「はーい、野口先生ぇ。」


野口先生の言う通り、並べられたプリントを順番にペラリペラリと机からすくいあげてゆき、重ねられ、少し厚くなった右端に力を入れてホッチキス。


「綾瀬くん、絡まれた先輩っていつものひと?」


手を動かす彼の顔をのぞいて聞いてみる。
慣れたものだけれど一切私を見ずに「ん」と短く返事をした。