「おねぇちゃん、帰ってくるんだってさぁ。ゴールデンウィーク。」
まともに掃除されず埃が溜まっている資料室の、古くて今にも壊れそうな椅子に座り、コピー機に向かってせっせと仕事をしている夏樹ちゃんの背中に声をかける。
「あ、そうなんだ。春樹が喜ぶね。」
何十年から何年か前までの教科書が並ぶ棚を見つめ、黙って何度か瞬きをする。
「不機嫌だね」
声の方を向くと「図星でしょ?」みたいな顔をしてこちらを見ていてムカついた。
「……は?何が?
いや、春樹から聞いてなかったんだと思っただけなんだけど。」
「はは、言わないでしょ。喜んでるの知られたくないだろうし。」
あいつそう言うところあるから、と垂れ目の目をさらに垂らして微笑むから、口から出そうになった激しい棘のある言葉を仕方なく飲み込んだ。
ムカつく。
本当は暴れてやりたかった。
「…夏樹ちゃんは?夏樹ちゃんは嬉しい?眞子姉ちゃん帰ってくるの。」
大量のコピー紙をまとめ、整列させるために私の目の前の机でトントンと音を鳴らして、夏樹ちゃんはまた笑って言う。
「なに?亜子のお母さんが晩御飯でも食いに来いって五月蝿いの?俺と春樹に。」
これは正解だ。
うちのお母さんはお姉ちゃんを好いている人を家に招きたがる。最近は毎日春樹と夏樹ちゃんの話をされるし連絡先を聞かれる。
お姉ちゃんの話をお姉ちゃんを好きな誰かと共有したいのだろう。
「五月蝿いよ。未だに毎日毎日眞子眞子眞子眞子。」
イライラしながら制服のスカートの裾を弄っていると、頭に優しい負荷がのしかかる。いきなりのことで何が起きたか理解するのに時間がかかった。
「え、なに」
気がつくと夏樹ちゃんは私の目の前に来ていて、彼の右手は私の頭の上に置かれていた。
「ヨシヨシしてあげようかなって。あんまり思い詰めないでな。自分のこともう傷つけないで。」
彼は私の前にしゃがみ、そっと私の右腕の袖をまくり始めた。肘まで露になったあと、次は左手をまくる。左手の袖が肘まで捲れた後、次は私の腕を丁寧に撫で始めた。
太い血管がうっすら浮き上がり、私より骨張った彼の手は不器用にも優しい。
「、やめてよ」
口で精一杯の抵抗してみるが、私を見上げる形になった夏樹ちゃんの優しい表情に、だいぶ奥底に閉まっていた感情が内側から溢れ出しそうになる。
視界半分がぼんやりし始めた。
「…夏樹ちゃんだって…、何も知らないくせに。」
「じゃあ話せばいいのに」
夏樹ちゃんが私を真剣に見つめる。
泣きそうな顔を見られたくなかったけれど、私を掴む手が離れて欲しくなくて動けなかった。
