「芹沢」

背後から名前を呼ばれ、肩が大きく跳ねた。

嫌というほど聞き慣れたその声は、今私が一番会いたくなかった人物。

「三井、先生。お疲れさまです」

「お疲れ。もう体調はいいのか?」

「はい、おかげさまで」

スタッフが慌ただしく出入りするナースステーションで、作業する手を止めることなく三井先生に返す。

「この前はありがとうございました」

軽く会釈をし立ち去ろうとするが、三井先生は許してくれなかった。

「あの日の話の続きがしたい。今夜空いているか?」

気持ちがつい数日前に引き戻されそうになる。

あのあと冷静になって考えたら、あの日三井先生が言おうとしたのはきっとお見合いの話だったのではないかという結論に至った。

それなのにあの緊張感の中で淡い期待をしていた自分を思い返すと、たまらなく恥ずかしかった。

一夜限りのことだと割り切っていたはずで、それ以上は何も望んでいなかったのに、いつの間にか私は三井先生の心を求めていたのだ。

「私のためにお時間を割いてもらわなくても大丈夫です。ちゃんとわかっていますから」

そう、わかっている。

これでも自分の立場を理解しているつもりだ。

というよりも、あの日に思い知らされた。