「アプリコットフィズとマティーニでございます」
きれいな所作で置かれたカクテルグラスに視線を移す。
「とりあえず乾杯しようか」
「は、はい」
グラスを手に取り、軽く傾ける程度の乾杯を交わす。
アプリコットのリキュールを使用したそのカクテルは、上品な甘さでそれなりに酸味もあり、私好みのものだった。
「美味しい」
これならジュース感覚でいくらでもいけそうだ。
一杯いくらぐらいするのかな。そんな堅実的なことがふと頭をよぎる。
美咲と飲んだあとの酔いはすっかり醒めていた。
『杏奈、俺は』
さっき彼は何を言おうとしたのだろう。
やけに静かな、それでいて真剣な声だった気がしたのは私の勘違いかな。
「あの、先ほどは何を言いかけたんですか?」
その先に続く言葉を期待してはいけない。自分の都合の良いように考えてはだめ。
三井先生はまるで私がそう言うのをわかっていたように口角を持ち上げた。
「気になる?」
「べ、別にそういうわけでは。ただ途中だったからスッキリしないだけです」
「ははは」
きっとからかわれたんだ。この顔を見れば彼に答える気がないのは明白だ。
でもどこかで期待している私がいた。
「やっぱりいいです、答えてもらわなくても」