読めないあなたに小説を。




それからだった。私が小説を書き始めたのは。


暇さえあれば小説を書き、疲れた時には沢山の小説を読む。
それの繰り返しをしているうちに、だんだん気が楽になってきた。


今ではもう、息をするように小説を書いている。


逆に言えば、小説がないと自分の気持ちも素直に言えない、
ひねくれた女になっていた。


それでもいいと思えるところが、
私のダメなところなのかもしれないけれど。





読むことに夢中になっていた私は、
先生が教室に入ってくる音で現実に意識を戻した。


せっかくいいところだったのに。


諦めてスマホの電源を落とし、カバンの中にしまう。


白衣を着た化学教師で、
やる気のなさが売りの柳城先生だった。


「さあ、新学期も始まったことだが、自己紹介といこうか」


一瞬で血の気が引いた。
自己紹介など、私が一番嫌いなイベントだ。


どうしようと思っているうちに、自分の番になってしまった。


先生に名前を呼ばれて、怯えたようにゆっくりと席を立つ。


「し、紫月朱莉です……」


みんなが私を見ている。
その目が鋭いような気がしてダラダラと汗が流れてくる。


どうしよう。みんなに嫌われてしまう。
いじめられたらどうしよう。何か言わないと変かな。
でも、間違ったことを言ったら……。


「ん。それだけかー?」


ここで何も言わないのは感じ悪いし、不自然だ。
でも、言葉が出てこない。


喉がカラカラに乾いて、ヒュッと空気が張り付くような、そんな感じ。


息が詰まって、過呼吸を起こしそうだった。


「紫月―?」


「よ、よ……よろしくお願いします」


悲鳴を上げてしまいそうな感情を押さえて、着席する。
ざわざわと声が聞こえた。


ああ、私、また嫌われたのかな。


まだ、変われないの?