「恵弥くん、おうちこの辺じゃないでしょ?帰り大丈夫?」
「ええねん。すぐバス来るし。ここで待っとる」
「あの、ありがとうね。助けてくれて」
お礼を言い、頭を下げた。
顔を上げると、恵弥くんは頭をガシガシ掻いた。
赤い髪が揺れる。
「お前は?家まで帰れんの?もう具合はええんか?」
「う、うん。もう大丈夫。ありがとう」
「んな、これ気ぃ付けて持てよ」
恵弥くんが私の荷物を差し出す。
今までずっと持っていてくれたことを思い出した。
恵弥くんから手渡され、重さがずしんと乗りかかる。
涼しい顔をして持っていた恵弥くんは
やっぱり男の子なんだなぁ。
私は両手でもいっぱいいっぱいなのに。
「じゃ、解散やな。気ぃ付けて帰れよ」
「あ、ありがとう。恵弥くんも、気を付けてね」
手をヒラヒラ振った恵弥くんは、
バス停のベンチに座り、スマホを取り出して操作を始める。
私はそのまま歩き出した。
しばらく歩いて、後ろを振り返る。
赤い髪だけが、目立っていた。
不思議な気持ち。
タンポポの正体が分かって、嬉しいっていうのかな?
何故そう思うのかは分からないけれど、
とにかく胸のドキドキが収まらない。
いつの間にか、さっきまでの苦しさなんてなかったかのように
元気になっていた。
恵弥くんのおかげ……。
彼は、嫌いだと言った私のことを
どうして助けてくれたんだろう。
ほっといても良かったのに、
何故声をかけたんだろう。
「紫月」と呼んだ彼の低い声が響いている。
私の名前を、彼はきちんと覚えていた。
私はあんな自己紹介しか出来なかったのに。
「あっ、帽子……」
家の前に着いて、恵弥くんの帽子を
ずっとかぶっていたことに気付く。
帽子を手に取り、眺めた。
どこのメーカーのだろう。
男の子っぽくてかっこいいキャップだった。
内側をなんとなく覗くと、
そこには「須藤恵弥」と名前が書いてあった。
恵弥くんは、なんでも持ち物に名前を書いておく習慣があるのかな。
律儀だなと思い、クスリと笑った……
私が笑う?
作り笑いじゃない、
自然な笑みは久しぶりだった。
しかも、苦手な恵弥くんのことで笑うなんて。
今見せた優しい恵弥くんと、
学校で私に冷たくする恵弥くん。
どっちが本当の彼なんだろう。
後者でないことを祈りながら、
明るい声で「ただいま!」と叫んだ。


