読めないあなたに小説を。




恵弥くんの足音が聞こえる。
こっちに近付いてきている……。


先生の机、つまり私が座っている場所の
すぐ後ろの棚まできた恵弥くんは、
ゴソゴソと何かを探し始めた。


早くいなくなって、と心の中で唱える。


せっかく落ち着いたんだから、一人にしてよ。


「それ」


恵弥くんが突然声をあげたので、
反射的に顔を上げて恵弥くんを見た。


恵弥くんの視線は、私の小説へと伸びていた。


「それ、なんなん?」


「えっ……と。小説」


馬鹿正直に答えるところ、私って単純だなと思う。


恵弥くんの反応を待っていると、彼は突然鼻を鳴らし、
バカにしたように笑った。


「くっだらねぇ。そんなの」


頭を何か硬いもので殴られたみたいに、
がーんと衝撃が走った。


今まで人から小説を貶されたことなんてなかったから、
初めてのことに戸惑う。


呆けて恵弥くんを見つめていると、
彼は棚から消毒液を取り出して、腕に塗り始めた。


拳を握りしめて、唇を噛みしめる。


違う。くだらなくなんかない。
これは、私の言葉は、そんなんじゃない。


「……い」


「あ?」


「読みもしないのに……くだらないなんて、
 分からないじゃない」


精一杯の反論だった。
私にしては、言葉を吐き出した方だ。


恵弥くんはじっと私を見つめると、
また鼻を鳴らして作業を再開した。


「読むわけないやん、そんなもの。
 読まなくても分かんねん。くだらんって」


沸々と、怒りが込み上げてきた。


なんなの?人を馬鹿にして……。
きっと彼は、こんなふうに書けないくせに。