その日はとても暖かくて、窓を開けると、優しい風が髪を揺らした。

午後の授業が眠くならないわけがない。

「おい相川。相川陽菜乃(あいかわひなの)」

頭を教科書で軽く叩かれて、私は重い瞼を開く。

相川陽菜乃、高校2年生。

私を起こしたのは、数学教師兼副担任の久遠隼(くおんはやと)先生。

黒髪で清潔そうな見た目の男性教員。顔もそこそこかっこよくて、キャラも面白くて生徒から人気がある。

「いつまで寝てんだお前は・・・」

呆れ顔で言われ、私は時計に目を向ける。

すると、授業があと5分で終わる時間だった。

授業が始まって礼をした記憶しか私にはない。

ずっと眠っちゃってたんだ・・・。

「すみません・・・」

「お前まじこのままじゃ再試にかかるぞ」

「え!数学そんなにやばいですか!?」

「数1以外はそこまで悪いわけじゃないのにな。なに。俺の事嫌い?」

私は少し考える。

「普通」

「傷つくわー・・・」

教室にいる生徒が笑う。

「またハヤTとヒナのコント始まったし!」

「ねー!ほんとおもしろい」

『ヒナ』というのは私のニックネームで、親も友達も、ほとんどの人が私のことをヒナと呼ぶ。

『ハヤT』は久遠先生の呼び名で、生徒のほとんどはそう呼んでる。

私は先生にあだ名は失礼だから呼ばないけどね。

数学嫌いの私と数学教師の久遠先生は、授業中によくコントのような会話をする。

それがクラスでは人気で、みんなに大ウケなんだ。

「ていうか、ハヤTってヒナのこと好きっぽくない?」

「わかる!ヒナにだけよく絡むしさー」

どこからがそんな声が聞こえ、私は顔をしかめる。

教師と生徒がそんなのあるわけないでしょ・・・。

「もしそうなら懲戒免職ですね」

「それは遠回しに俺をフッてるのか?」

久遠先生は一瞬寂しそうな顔をして教卓に戻る。

「はい、お喋りはここまで。残りの問題は宿題なー。あと、相川は放課後職員室に来るように」

「えぇ!なにそれ初耳です!」

「今初めて言ったからな。先生からの愛のムチだ。来ないと課題倍にするからな」

「鬼教師め・・・」

「俺は優しいだろ。ほかの先生よりは」

それは事実。

私はため息をついて机につっ伏す。

ああ・・・まだ眠たい。

授業終了のチャイムを聞きながら、私は顔を上げる。

次の古典の授業も眠ろうかな・・・。

そんなことを考えて窓の外に目を向けると、いきなり背中に重みがかかる。

「ヒーナ!さっきの時間、超面白かったね!」

「つ、紡(つむぎ)・・・」

クリっとした目が特徴の神山(こうやま)紡。1年の頃からの私の大親友。

紡は思ったことをすぐ口にするサバサバ系の性格をしているけど、見た目はふんわりしていて男子から人気。

「面白くないしー・・・。課題出されるしー・・・」

「落ち込まない落ち込まない。分からないとこ教えてあげるから」

「紡ぃ・・・」

「よしよし」

紡は私の頭を撫でながら微笑む。

本当に癒し・・・。

久遠先生はなぜだか私に異様なまでにウザ絡みしてくる。

イケメンだからいいけど憎たらしい・・・。

「あ、そういえば、さっきの話マジだったりしてね」

「さっきの話?」

「ハヤTが、ヒナのこと好きって話」

私はとんでもないと言うように首を横に振る。

「悪寒した・・・」

「いいじゃん。ハヤTイケメンだし!ヒナも嫌いなタイプじゃないでしょ?」

「それは、そうだけど・・・」

紡は少し首を傾げてから、ハッとしてニヤニヤ笑い出す。

「そっか〜。ヒナにはチヅ君がいるもんね〜」

私は頬がカッと熱くなる。

「ちょっ・・・声大きいっ!」

チヅ君こと、桐生千鶴(きりゅう ちづる)君は、私たちと同じクラスの男の子。

無口で取っ付き難い雰囲気があるけど、仲のいい人とは気さくに話すタイプ。

ミステリアスな雰囲気をまとっていて、そのクールさとかっこよさから女の子に大人気。

私もその中の一人で、2年になった時から桐生君のことが好きなんだ。

でも、桐生君が女の子と話してるところあまり見た事ないし、恋愛に興味が無いみたい。

その事を知ってるのは親友の紡だけ。

桐生君と話したことは一度しかないし、もう少し近づけたらなあ・・・。

私は一人深いため息をついた。