鞄に携帯と煙草を投げ入れて、琴子はだるそうに立ち上がった。


「へ?」


「じゃあ、あたし帰るよ。
何かハルには迷惑かけちゃってごめん!
見捨てないで連れて帰ってくれてありがとうね…」


そう言った彼女の横顔が、少し寂しそうだった。
しゃがみこんで、小さな手のひらが琴音の頭を撫でた。
琴音は目を瞑りながら、小さくゴロゴロと喉を鳴らしている。


「じゃーね!!!」


「ちょっと!帰るってどこに?
友達と連絡つかないんじゃないの?」


玄関のドアを開けようとした彼女は目を大きく見開いて一瞬びっくりした顔をして
そしてすぐに口を大きく開けて笑顔になった。


「あはは!大丈夫だよ!
テキトーに男んちに行くよ」


「テキトーにって…。
終電だってないし
夜に女の子が一人で歩くのは危険だよ!!!」


笑っているのに、泣きそうな顔に見えるなんて


そんな顔、初めて見た。


そんな風に笑う女の子を、初めて見た。


「ハルって優しい人だね~…。
琴音ちゃんは幸せものだぁ~。
でも大丈夫だよ。あたしは人間だし、何とかなっちゃうもんだからねぇ。
じゃあね、本当にありがとうございましたっ!!!」


彼女のくるくるの金髪がふわりと宙に舞う。
煙草と香水の合わさった匂い。



どうして、自分がこの時、あんな行動を取ったかなんて
今になって見ても分かりやしないんだ。


理由なんて探してみたってなかったのかもしれない。


でも人間は、何にでも理由をつけたがる生き物なわけで



俺の手は、彼女の腕を強く握りしめていた。


「やっぱりこんな夜に出歩くのは危ない。
うちに泊まっていきな!」


緑色のビー玉みたいな瞳が


俺を射抜いていた。


そんな言葉を言う日が来るなんて



君は出会った時から、俺に知らない自分を見せてくれた


唯一の人だった。


どうして分かっていたのに、気づかない振りをしていたのだろう。