その場に座り込む琴子の両手を引っ張り、立ち上がらせる。
30センチ差の世界から見た俺は、君にとってどう映っていたのだろうか。
俺にとって君は、自分の見た事のない素敵な世界を見せてくれるような人だったよ。
君にとっての俺もそうであればいい。
同じ物ばかり見えなくたっていいんだ。
互いの目に映る素敵を共有していこう。



「何立ち尽くしてんだよ。中に入りなって」


「でもさ…なんかさ…」


「ご飯食べてないだろ?
それに風呂も。なんか琴子の体ベタベタするし、何か臭い…」


「臭いって!!失礼な奴やな!
さっき海に落ちたばかりや」


「通りで、なんか潮の香りがすると思ったよ」


「臭いなんて女の子に言うセリフじゃないと。
これだから女心を分かっとらん奴は!」



憎まれ口を叩きながらも
互いに笑っている事にはもう気づいていた。
けれど俺が家の中に入っても、琴子は玄関で立ち尽くしたまま。

こちらの顔色を伺いながら、両手の指先を少しだけ動かしながら、遠慮がちに上目遣いで俺を見上げる。



「早く入りなって。
おかえり」


そう言ったら、今までに一番の笑顔を見せた。
あぁ、そう。この笑顔をずっと見たかったんだ。
何故君はそんなに素敵な笑顔を、持っているのだろうか。


「ただいまッ!!!」




肩の上に乗っている琴音が飛び降りたら
首にまかれた鈴の音がチリンと涼しい音を出して
ニャーと甘えた声色を出しながら、琴子の足の周りにまとわりつく。

まるで’おかえり’と言っているようにも見えた。





大都会の片隅。
僕たちは余りに違いすぎて
僕たちは余りに寂しすぎて
ひとりぼっちより
ふたりぼっちを選択したから


僕は、世界中の誰よりも大切な君に巡り会えた。