顔を上げた琴音先輩は、はにかむように優しい笑顔をする。
決して良い思い出とはいえなかったあの記憶を優しく包むように
引っかかってた何かが昇華していく奇妙な感覚に包まれていく。
「ハルくんはどうして食品会社に?」
「俺は、たまたまだったんです。
世間から言われる一流企業って名前だったらどこでも良かったっていうか…
特に深い理由はなかったっていうか…」
「じゃあ、食品系以外もエントリーしたの?」
「いえ、基本的には食品会社ばっかりですね。
どこでもいいって言いながら、結構限定してたところはあるのかも…」
その時不意に思い出した。
一流企業であるのなら、どこでも良かった。
結局はどう足掻いたって社会の歯車になって生きて行くしか出来ない。
それでも食品会社を選んだ。
琴子が仕事が終わった後のお菓子は幸福だ、と笑っていた。
そんな風に思っている人が世界には沢山いるから、食品会社は息をしているのかもしれない。
日常の中の、小さな幸福を届けられたらって
それはどこにでもありふれている日常の光景だったけれど、幸せそのものだったのではないかと
だから今、俺はここに立っているのかもしれない。



