【完】ボクと風俗嬢と琴の音



引っ越しの件は彼女の口からは何も聞いてない。
けれどそれを口にすると、少しだけ寂しそうな表情をしたように、見えた。
少しだけ視線をずらして「じゃー高いもの買ってもらおーっと」と、意地悪な笑顔をこちらへ向けた。


「そんな、高いもの…」


「何にしようかしら~。
でもちょ~楽しみ。ヴィトンッ、シャネル」


恐ろしいブランド名を口にするもんだから、困っている俺の反応を見て琴子はまた楽しそうだ。
その顔を見て、やっぱりこういうのいいなぁ~と思ってしまった。
何気ない。何気ない事で良かったんだ。それは特別なんかじゃなくても。
君がいる毎日が、もう俺にとっては特別なものになっていたのだから。



その夜
山岡さんからラインが着た。



「こんばんは。
今度の土曜日って暇ですか?
もしよかったら、映画のタダ券もらったんですけど、一緒に見に行かないですか?」



その映画というのは、さっき琴子がみたいと言っていた王道中の王道のラブロマンスだった。
断りのメッセージを送ったけれど、このままじゃあダメだ。失礼すぎる。


あれから何度も彼女の事を考えた。
彼女と過ごす日々を、そして未来を
何度も、頭が痛くなるくらい。
まだ来ていない未来について不毛にも考えて、考えて、この先一緒にいたらとイメージをする。
好きだと真剣に告白されて、きっと今の山岡さんと俺だったら上手くやれたかもしれない。
一緒にいて楽しい事だってあったし、きっと仲良くやっていける。そして山岡さんを好きになれたらそれはそれで楽だとも思った。