「…山岡さんみたい」


ぼそりと独り言のように琴子が言った。


「確かに……」



高校時代を思い出していた。
’琴音先輩’
アレは自分の人生で奇跡的な一度目の幸福だと思った。

皆の憧れだった琴音先輩。
人気者で、綺麗で、優しくて
でも付き合ってみたら、意外に男らしい面もあって、飾らないところが魅力的な人だった。
凛と立っていた琴音先輩の黒い艶やかな長い髪を思い出す。
振りかえって、小さく笑う薄い唇。
飼い猫に彼女の名をつけてしまうほど、恋い焦がれた相手だった。


そして、現在人生二度目の幸福が舞い降りてきた。
傍から見れば、願ってもない幸福。
山岡さんが俺を好きになってくれた。
あなたは素敵な人よ。と、こんな情けない自分に真っ直ぐにぶつかってきてくれた。


けれど俺にとって人生史上最高の幸福はきっと
琴子に出会えた事だと思う。きっとこの先どんなに思い出が上書きされていったとしても、これ以上の幸福には出会いそうにはない。


全然タイプじゃないし、好きになるなんて夢にも思わなかった。
過去の自分が聞いたら笑い飛ばすだろう。
それでも何気ない風景の中で俺が君を好きになる事は、ごく自然な事だったようにも思う。