「お、ほんと~だぁおいひ~!
でもハルが作る方が全然美味しいけどね~っ」


「いや意外に美味しいって、味付け完璧。
ハンバーグは丸める時空気をちゃんと抜いたら崩れないよ」


「空気を抜く?」


「こうな、ポンポンって」


身振り手振りで教えると
琴子はほうほうと感心したように腕を組みながらこちらを見つめる。


「一人暮らしになったらちゃんとせんといかん。
やから今のうちにいっぱい練習しておかんと」



一人暮らし。彼女の口からそのフレーズが出るたびに、胸がちくりと痛んだけれど
いつだって笑顔を忘れないようにしていた。


具体的に一人暮らしの家を探しつつある彼女を
引き留める権利なんてないのだから。



「ハルは明日も遅いの?」


「ん~、最近忙しいからなぁ」


「じゃあ、明日もあたしが作っておく。
えとね、明日は肉じゃが母の味」


「母かよ」


「じゃあ、彼女の味。
あー、あたしもいつか出来るであろう彼氏にご飯作ってあげられるように上手になっておこう」



だからさ

そういうフレーズは胸が痛むって

でもさ、笑って応えてあげたいんだ。



「そうだね。琴子の彼氏になる人は幸せもんだよ。
こんな可愛らしい彼女が一生懸命作ってくれるだけで嬉しいって」


「なんや、気持ち悪い
まぁ当分彼氏なんか出来んと思うけど」




こんな平和で平凡な毎日がずっと続けばって何度も願ってはいるけれど
実際終わりが近づいているのも事実で


俺もそろそろ新しい家を探さないといけない。

琴音と暮らせる、一人暮らしの家を

出来る事であれば、この想い出の沢山つまっているこの家で、ひとりでも住んでいたいものだけど




どうだろう、いけるか?
切り詰めれば何とか。
ボーナスだって全部貯金してるし
何とかなるか?



琴子がいなくなったって、暫くはこの家で暮らしたい。
そう思い始めたのはこの頃からだった。