バシッとハルの背中を思いっきりはたく。
「痛ッ!」って叫んだ声が、人混みの中の喧騒に紛れて消えていく。
人混みの中
小さなわたしに人が当たらないように盾になってくれている優しさ、気づかないと思ってんのかね?



人の波が落ち着いたころ、ハルは少し離れて歩いた。
離れて、でも隣で、歩幅を合わせて、いつだって歩いてくれた。



当たり前にあった光景。
当たり前になりかけた日常の中で
いつか来る別れを想う。




「琴音待ってるかな~」



振り返って笑う姿を

当たり前にある光景だって永遠ではない事を初めから分かっているつもりだったんだけど
その時間は余りにも楽しくて、愛しくて
癒される時間であったという事。


1年は長いようで短い。
1日1日過ぎていく時間の中で
少しずつ別れの時間が近づいてきているなんて
分かっていたのに

どうしてこの時間がずっと続くなんて
勘違いしてしまえたのだろうか。





ピロン、と携帯が音を刻んで
インスタにコメントがついたのを知らせる。

「可愛い猫ちゃんですね~!
猫ちゃんと暮らす生活っていいですよね。
うちは子供がいないので猫ちゃんが子供のような感じです」




当たり前に一緒に生きていく。

でももう1回夏が来てしまえば、お別れ。

琴音とも、ハルとも…。



わたし達は友達では、なかった。
一緒に共同生活を送る上で
家族でも恋人でもないのであれば、友達って言葉が1番しっくりくる。
けれど、友達なんかではなかった。
一緒に暮らす理由がなければ、言葉も交わさなかったような人。



離れ離れになってしまえば、あんな日々もあったなぁーとたまに思い出すくらいで
そんな長い人生の中の、短い気まぐれな時間。
神様がくれた、ほんのひと時の瞬間のようなもの。



わたしに向けられた笑顔も
何もなかったようにいつか消えていく。


この街の、人混みのように、いつか…。