そんな汚いものにまみれて良い、女の子じゃない。


分かっていても口に出す事は出来なくて
琴子自身が選んでいる選択肢なのだから。
彼女の何でもないただの同居人が口を出せる訳もなくて……



「早く帰らないと琴音が寂しがっちゃうね!!!」


くるりと振り返った彼女の笑顔の先に
まだ満ち足りない月。
ぽっかりと空に切り取られたそれだけが淡い光りを放っていて
だからその笑顔が切なく感じてきたのはいつからだったのだろう。



思わず俺は、琴子の頭を数回ぽんぽんっと撫でた。


「何?!」


びっくりしたように仰け反った琴子。
コロコロと変わる表情と反応。
仕事中も客へ対して彼女は色々な顔を見せるのだろうか?
それはそれで少し切ない。


「いや、今日もごくろうさんって」


「なんだよー!それならハルだっておつかれさまだよっ!!
そういえばもうすぐだね~!
山岡さんとのデ・エ・ト!」


「デートじゃねぇし!」


「ふたりきりでどこかで出かけてしまうのはもうデートとしか言いようがありません!!」



…そんな事を言ってしまえば
俺と琴子だって一緒に出掛けるじゃないか。
それはなんて言葉を使って表現するのか?
何て自意識過剰だと思われそうで、口には出せやしないけどさ。

琴音がいるからじゃん!!
君は笑ってそう言ってくるだろうか。
それとも黙って、少しだけ不機嫌になってしまうんだろうか。




いつだって予測不可能。
飛び出す表情や言葉は想定外の物ばかりで
いつだって俺の心を揺らしていく。

風が少しだけ冷たくなった秋の夜道。
小さな君の歩幅に合わせて歩く道。
ひとりきり歩くスピードだったら駆け足で過ぎて行って見えなかった物もあるのかもしれない。



君が隣にいてくれたからこそ
見えていた景色があった。
月や星が瞬いていたことも、君がいなかったら見過ごしていた夜だったかもしれない。