「ねぇ、苦しい?」
友人は階段の窓を見たまま聞いてくる。
「くるしくないよ」
笑いながら言った。
「嘘つきだね。やっぱ君は」

夢から覚めた。
最近はこの夢しか見ない。
明晰夢。
君の質問も僕の答えも一語一句変わらずいつも一緒。
そして……君がだれかは永遠分からないのだろう。

駅のメロディーが頭に響く。
スマホを見て時間を確認して乗るとせめぎ合う人々がいつもの通り。
前まで凄く苦だったが今はそうでも無い。
つり革を掴む左手首から見えるキズを優しく撫でた。
最近は切らなくてもいいようになった。くるしくないから。
学校でも友達と笑って支援室に行って勉強して……何一つくるしくない。
部活も前みたいにくるしくない。
好きな人が目の前にいても話せないからもやもやはするけど、前みたいに切らなくてもいい。くるしくないんだ。

くるしくないんだ。

その、はずだった。
私は気がついてしまった。
成績優秀なあの子が来たときに。
あぁ、なんて私は惨めなんだろう。くるしくないのにこんな点数しか取れず、こんなに勉強しないなんて。
自責の念が私を襲い、飲み込もうとする。
その瞬間分かった。
くるしくない訳じゃないんだ。
返信が来なくて何日も話せなくてもくるしくない。
部活もくるしくない。
誰にどう思われようとくるしくない。
そんなわけない。

「慣れ」ちゃったんだ。私は。

返信が来なくても「慣れ」たから
部活でも「慣れ」たから
誰にどう思われようと「慣れ」たから
全てが紐解ける音がする。
切らなくてもいいのも
「慣れ」たから。切るのに「慣れ」たから。
そして、切ったら「慣れ」ない苦しみに必ず直面してしまうから。
思い出してマスコットを撫でる。
「慣れ」ない暖かさを体が思い出して、「慣れ」ない痛みが心を走った。

「ねぇ、苦しい?」
また、友人は階段の窓を見たまま聞いてくる。
「苦しいよ」
やっと友人はこちらを振り返り、言った
「じゃあなんで苦しいか教えてよ」

そこで今日の明晰夢は終わった。