「志勇」



どんなときでも、どんなに集中していても、俺はこの声には反応する。


顔を上げると、キッチンに立つ壱華が俺を見つめている。


俺はダイニングテーブルで朝刊を読んでいた。



「なんだ」

「今日は仕事終わり、いつ頃帰って来れそう?」



テーブルまで歩いてきた壱華は、何も要求していないのに、そっと俺の前にカップを置く。


ああ、いい嫁だ。


中はふわりと香りを漂わせる、淹れ立てのコーヒー。



「……夜には戻る」

「そっか」



両手を塞いでいた朝刊を畳み、早速いただいて返答するが、壱華が声のトーンを落としたのが気になった。



「何かあったのか?」



チラ、と目配せする。


壱華はなんでもないと笑って不自然に目を逸らした。


まったく、相変わらず嘘が下手くそだな。


何か、あるらしい。