「立ち上がらない方がいいと思います。そのまま座っていてください」



彼女はわたしの腕をそっと押さえ、床に敷かれたじゅうたんの上に座り直させた。

そして彼女は不安げな表情で言葉を発した。



「……背中、痛みませんか?」

「大丈夫です。この子を守れたなら……」



背中を見て、顔を歪ませる彼女。どうやら蹴られ続けた背中の傷がひどいらしい。

しかし興奮状態だったからか、痛みの感覚はほとんどない。

その証拠にお腹を触る手は汗ばんで、心臓は早鐘のように鼓動を打ちつけている。



そして恐怖によって敏感になった五感の中で、今、濃く感じているのは匂い。

彼女からは、桃のような、ほのかに甘い澄んだ匂いがした。