メイが告げると、彼女の背景に白髪をした貴族風の外人の肖像画が浮かび上がった。

「十八世紀の物理学者、ピエール=シモン・ラプラス。彼が提唱した学説が後に『ラプラスの悪魔』と呼ばれるようになったことが今の『未来視の神・ラプラス』の由来となっています。その学説の内容は『ある時点において作用している全ての力学的・物理的な状態を完全に理解すれば、未来までも完全に把握できる』というもので――」

「ストップ! 僕にも理解出来る言語で頼む」

「はあ、しょうがないですね……例えばここにリンゴがあります」



嘆息しつつ、メイは画面上にリンゴを出現させて手に取る。

「このリンゴから手を離したら、どうなると思いますか?」

「地面に落ちる」



僕が即答すると同時に、手を離したリンゴはプカプカと宙に浮いていた。

「残念でしたね。答えはこの空間は無重力なので浮くんですよ」

「ズルいぞ。無重力状態だなんて言ってないじゃないか」

「フフ、分かりました。じゃあ次の問題では余すことなく説明します」



メイが意地の悪い笑みを浮かべ、再びリンゴを掴む。

「では問題です。ここから79m先にご主人様がいます。そこに向かってこのリンゴを初速度30m、打出角度60°、重力加速度9.80665mで投げた場合果たしてご主人様に命中するでしょうか? 空気抵抗はないものと想定します」

「そ、そんなの分かるわけないだろ」

「どうしてですか? さっきと違って必要な情報は全て伝えましたよ?」

「ぐぬ……」



どこまで性格の悪いAIなんだ。僕は思わずもう一度ライプラリを叩きつけたい衝動に駆られる。

そんな僕を尻目に、メイは『では答え合わせです。えいっ』とリンゴを投げる。

リンゴは凄まじい勢いで飛んでいき、画面の遥か彼方の僕に当たってグチャ! っと僕の頭ごとグロテスクに爆散した。

「おい。今お前のご主人様が爆死したぞ」

「これが答えです。もちろん私は計算済みでしたので百パーセントこうなることは分かっていました」

「無視かよ。大体お前は何がしたいんだ。恋愛運も学力もない僕をからかってるの?」

「違いますよ! これくらいは高校数学をマスターしてる人なら誰でも分かります。でも、それがもっともっと複雑になったら?」



瞬間――突然画面が真っ暗になり無数のリンゴが辺りを漂い始めた。

さながら、宇宙を埋め尽くす星の様に揺蕩うリンゴの中からメイの声が響き渡る。

「今ここにある何億、何兆というリンゴの動きを全て予測することは流石に高性能AIにも出来ません。だけどもしそれが出来る存在がいたとしたら? それどころか、宇宙全ての物体を掌握しその運動を完璧に計算することさえ可能だとしたら?」

「そ、それは……」



「その存在はあらゆる物体の未来の動きまで把握し――結果的に、完全な未来予知能力を持つことになりませんか?」