「⁉ 敵がこっちに来る!」



突如そう叫ぶと、ラプラスは僕から離れて立ち上がった。

それまで彼女と抱き合っていた僕は、狼狽しながら問いかける。

「て、敵って歌姫のこと⁉ まさかアイツ、休戦協定をもう破ったのか⁉」

「分からない! でも商店街の方から五体、歌姫がここへ向かってる! 十分後には始君と戦っているのが視える!」



不安そうな顔で振り返る僕を見て、僕は必死に思考を巡らせる。

五月雨がこれほど早く裏切るのは予想外だったが、逆に考えれば相手は焦っていると考えられる。

なぜなら今ラプラスは『視える』……つまり歌姫の襲撃を予知した。ということは、その歌姫は予知が不可能な自立型ではなく普通の歌姫ということになる。

きっと、五月雨は特別製の自立型歌姫を用意する時間がなかった……もしくは全て時雨さん達にハッキングされて在庫がないのだ。

統制型の歌姫相手なら今の自分でも勝てる……そう思ったところで僕は慌てて首を振った。

ダメだ、歌姫と戦ってる場合なんかじゃない。

もし休戦協定を破ったのだとしたら、確実に五月雨が僕たちを追ってくる!

「今すぐ逃げるぞ! 一番効率のいい逃走経路をサーチして欲しい!」



思考を切り上げて僕は叫んだが、何故か返事がない。

振り返ると、ラプラスが耳元のインカムに手を当てて青ざめた表情を浮かべていた。

「ラプラス? 一体どうし――」

「『システム』と接続できない……通信が切られた……」



そのまま、文字通り普通のか弱い少女と成り果てたラプラスは泣きそうな目で僕を見つめる。



「どうしよう始君――私、何も出来なくなっちゃった」