消女ラプラス

――私にとって、世界とは『暑い』ものだった。

決して物理的な暑さではない。手に触れたもの、目に入ったもの全てを拒絶したい……火傷を恐れるかの様に全てを遠ざけたい。

そんな感覚に常に襲われるという意味での『暑さ』だ。

私自身にはそれをどうすることも出来なかった。

時雨財閥の跡取り娘として生まれ、完璧に統制された生活環境の中で私が出来ることなど何一つない。

結果、世界は更に暑さを増していってそれはさながら砂漠の様に思えた。

学校では取り巻きの生徒達が大勢いたけど、内心では私のことを腫れ物の様に思っていることを知っている。

それがどうしようもなく暑くて苦しくて堪らなかった。

勇気を出して距離を詰めようとすれば、相手は途端に恐怖を露わにして逃げていく。

それを見ているうちに、私はぼんやりと思った。

もしかして暑いのは世界の方ではなく……私自身なのではないか?

私はきっと、周りから見れば時雨財閥の令嬢という肩書を持つ眩い太陽に見えたことだろう。

そんな私が一介の惑星に近づこうとすれば、相手はドロドロ溶けてしまう。

そう、私は恒星。民衆は私の周りをグルグルと永遠に回り続け……それ故に、私は永遠に一人ぼっち。

その事実に気付いてからも、私は彼らに近づく努力を続けた。

自分で編んだお手製のハンカチをプレゼントしたり、無理をして模範的な優等生の役を買って出てみたり。

だけどそれはどれも無駄な事だった。

太陽のことを『必要ない』という人間はいないだろう。太陽は全ての源であり、消えてしまえばそれは世界の崩壊を意味する。

しかし、だからと言って『太陽に行ってみたいか』と聞かれてイエスと答える人間はいない。

私はただ、太陽という役割を果たす為だけに存在する偶像だったのだ。

いつしか私は疲れ果て、そして恒星としての役割を受け入れた。――誰も一定の『ライン』以上近づくことを許さない、圧倒的な太陽という存在の自分を。

だからこそ……その『ライン』を踏み越えた夕立始が許せなかった。

徹底的に踏み潰してやりたかった。圧倒的な暑さでドロドロに溶かしてやりたかった。

でも、今になってようやく思う。

今まで、自分から『ライン』を超えてきた人間が一人でもいただろうか?

もしかしたら彼は、自分が望んでやまなかった……太陽に近づくことも厭わない、煌く彗星の如く貴重な存在ではなかったのか?

血まみれで地面に横たわりながら、私は哀切な笑みを浮かべる。



もし、私があの時違う選択をしていたら……もし、貴方と別の形で出会えていたなら……私と夕立君はきっと――



その時、私はまだ自分が死んでいないことに気付く。

どうして? 私はついさっき、あの歌姫の集中攻撃を受けて串刺しになっているはずじ
ゃ……?

痛みを堪えて起き上がると、私を避けるようにして触手が円周上に地面へ刺さっていた。

目の前の歌姫は無表情で私を見下ろしている。

まさか敵に情けをかけるはずがない……そう思った瞬間、歌姫は触手を引き抜いて背を向けそのまま遠ざかっていく。

歌姫が丘を下り始めたのが見えた瞬間、私は全てを悟って思わず拳を握った。

やった……土壇場で賭けに勝った……!

私はまだ生きている。運も味方している。

だったらするべきことはただ一つ。

例えこの世界がどれほど暑くても、どれほど私を拒んでも……私はどこまでも抗ってみせる!



私はヨロヨロと立ち上がり、歌姫の後を追う様に歩き始めた。