「ハァ……ハァ……とりあえず時雨さん達からある程度距離は取れたみたいだね」



銃声騒ぎに乗じて時計塔から逃げ出した僕は、息を荒げながら街の入口の商店街までやってきた。

『リング』を付けていないと、改めて自分がただの運動不足で非力な少年であることを実感させられる。

ラプラスも息を切らしながら額の汗を拭っている。一日中ユグド・タワーに幽閉されている彼女の運動能力は僕より更に低いだろう。気を使わなくては。

もちろんこうなることは全て予測していた。――五月雨に時雨さんの暗殺を承諾した時点で既に。

そう、僕は最初から時雨さんを殺す気も、ラプラスとたった一日でユグド・タワーに戻る気もなかったのだ。

当然、この計画の実行にはラプラスの協力が不可欠となる。

戦闘訓練後に看病してもらってる際、僕はこの計画をこっそり彼女に伝えていた。彼女は最初危険だと言って反対したが、最終的に僕が説き伏せる形となった。

「ごめんね、ラプラス。時雨さんがどれだけの戦力を投入しているか分からない以上、これくらい逃げないと危ないんだ」

「……六人」

「え?」



僕が聞き返すと、ラプラスは汗ばんだ顔にしかめっ面を浮かべて繰り返す。

「時雨鏡花側の戦闘員の数。恐らく時雨鏡花個人が自由に動員できるボディーガードを全員投入したのね」

「でもどうして六人だって」

「始君、私が『天使』以外の人間に関する事象の九十九パーセントを予測出来る『神様』だってこと忘れてない? 完全に私をお荷物扱いしてるよね?」

「ご、ごめん! 君が実際に能力を発動するところを見たことがないから……!」

「全くもう……しっかりしてよね」



ラプラスが呆れ気味に嘆息する。

だけど確かにこれは非常に重要なことだ。

ラプラスの予知・予測の的中率はほぼ百パーセント。

時雨さんは『天使』だからラプラスの予知は通じないが、彼女自身は恐らく銃も使えない非力な女子高生なので問題ない。

つまり、ラプラスが倒されない限り僕たちの勝利は揺るがないということだ。

もっとも……その『勝利条件』が少々複雑なのが厄介なんだけど。

「ねえ……まだ気は変わらないの?」



ラプラスが再度確認してくるが、僕は間髪入れずに答える。

「ああ、変わらない。僕達は絶対に『彼女』と一緒に逃げ切る。そこで初めて勝利条件は達成されるんだ」

「――そう。分かった、私は始君に付いていく」



ラプラスが頷き、そして決意を秘めた青い瞳で僕を見上げた。