程なくして僕とラプラスはユグド・タワーの丘の麓にある時計塔へやってきた。

タイムリミットまで後十分。
その時間を持ってラプラスの仮初の日常は終わり、僕は時雨鏡花抹殺を巡る過酷な戦いに身を投じなくてはならない。

時計塔前のベンチに腰を下ろすと、自然とラプラスが僕の手を握った。

夏前なのに少しも日焼けしていない真っ白なその手を見て、僕の胸がチクリと痛む。

きっと、彼女が外出したのも日本に来て初めてなのだろう。

「始君。私からも最後に……いや、最後だからこそ話しておかなきゃいけないことがあるの」



ラプラスはそう言って目を逸らし、何でもないことの様に告げた。



「以前五月雨終が抹殺した『天使』はね……私のお姉ちゃんなの」



「……え?」



茫然と見つめる僕に、ラプラスは努めて淡々と告げる。

「初対面の時、始君は私と会ったことがあるって言ったよね? それはきっと私じゃなくてお姉ちゃんだよ。お姉ちゃんは私とそっくりの見た目をしていたから。ずっとそうなんじゃないかって思ってたけど……言うべきか迷ってた」

「ちょっと待ってよ……じゃあ、君のお姉さんは『システム』を裏切ったってこと? だから五月雨たちに抹殺されたのか?」



彼女は頷いて、胸に手を当てた。

「そうだよ。全ては私の為に」



私の為に……つまりラプラスのお姉さんもまた、ラプラスを救うために戦ったのだろう。

しかし、だとしたら一つ疑問が残る。

なぜ僕には、会ったこともないラプラスのお姉さんの記憶があるのか。

そして記憶の中の彼女が言った言葉の真意。

もし五月雨に殺されていなかったら、僕は彼女と会う運命だったということになる。

それは果たしてどういう意味なのか。

もしかしてお姉さんは、本当は僕と一緒にラプラスを守るつもりで何らかの仕掛けをしたんじゃ――

……だとしたら今、僕一人でその意思を受け継いでみせる。

「始君。そろそろだよ」



彼女は促しながらインカムを付けた。僕も迷いを振り切って彼女と共に立ち上がる。

そう、僕はきっとラプラスのお姉さんの意志を継ぐ者。

ラプラスを守る運命に導かれた者。

だからこそ、今このタイミングでラプラスは僕に真実を話したのだろう。



――五月雨たちを裏切って逃避行をしようとしているこのタイミングで。



「――今よ!」



瞬間、時計塔の鐘の音が鳴り響いた。

その合図と共に僕たちは駆け出し――同時に銃声と共にベンチが木っ端微塵に砕け散った。

あのままベンチに座っていたら、ラプラスは確実に撃ち抜かれていた位置。

でも全知全能の『神様』にそんなことは有り得ない。

銃声を聞いてパニック陥る人々と共に、僕らは広場の階段を駆け下りていく。



こうして――『神様』と『天使』が共に消える為の戦いの火蓋は切って落とされた。