鳴りやまない『ライプラリ』の着信音と、閉め切られた部屋。

フードを被ってベッドに横たわったまま、何日が経ったんだろうか。

虚ろな目が見つめる先には、机の上の花柄のハンカチがある。

どうして捨てられないのだろう。

あの日僕の想いを踏みにじり、学校中に言いふらし――挙句、生徒を扇動してイジメにあわせ、自分を不登校にまで追い込んだ張本人に貰ったものをなぜ。

「時雨さん……?」



あの日。

聞き間違いだと思った僕が声をかけると、彼女の顔から静かに表情が剥がれ落ちた。

別人のように冷たい表情を浮かべた彼女は、僕へ嫌悪感剥き出しの眼差しを向けて吐き捨てる。

「分からないのですか? 貴方の様な不燃ゴミに告白されるのがどれほど屈辱かということが。そうね、こう言えば理解できるかしら……まるで罰ゲームで告白するターゲットに選ばれた、クラスで一番冴えないモブ女の様な気分よ」

「そんな……違う……時雨さんはそんなことを言う人じゃない……」

「貴方に私の何が分かるんですか? ……ああそうね、少なくともこの告白が失敗することは分かっていたはずよね?」



そう言って、時雨さんは『ライプラリ』が入っている僕のポケットの膨らみを睨んだ。

「それでも貴方は実行した。正直言って、ここまで私を怒らせた虫けらは貴方が初めてよ」

「ど、どういう意味ですか……?」

「貴方には罰が必要ってこと」



そう言って――時雨さんは微笑みながら耳元に顔を近づけ、蠱惑的で危険な声色を紡いだ。

「とびきりきついオシオキが、ね」



凍り付いたままその場を動けない僕を残して、彼女は歩き出す。

そして屋上のドアを開け、ふと思い出した様に時雨さんはこう言い残した。


「そうそう、そのハンカチは気にしないでいいわよ――いつも一束は持ち歩いているから」


――失敗すると分かっていても、何かが変わると思っていた。

『神様』に逆らってでも思いを伝えることに意味があると思った。

事実、全ては一変した。

好きな女の子にフラれ、その本性を目の当たりにし、そして学校中を敵に回すという形で。

僕は……努力することすら許されない人間なんだね。

何かを変えたいと願って行動を起こすことが善だなんて、最初から間違っていた。

こんなことなら『魔女』の烙印を押されたまま目立たぬよう、ひっそりと生きるべきだった。

それでも、僕は自分が小さな努力したという事実を否定したくなかった……だからきっと、時雨さんに貰ったハンカチを今でも捨てられないんだ。

僕はゆっくりと体を起こすと、ハンカチと『ライプラリ』をポケットにしまった。

行こう。

どうしても捨てられないのなら……僕のこの体ごと捨てに行くしかない。

行き先は昨日から決めていた。

最後まで稚拙だった僕の、最後の稚拙な願い。



終わる時くらいは、誰よりも高い場所へ。