「へ?」



僕は起き上がってまじまじと彼女を見つめた後、合点が行ってため息を吐いた。

「君、五月雨の奴にまた何か変なこと言われたでしょ?」

「え? 変なことかは分からないけど……男の子と二人きりで出かけることをデートって言うんだよって彼は言ったわ」



確かにその通りではあるが……間違いない。今こうしてラプラスに密着している状況も奴の差し金だろう。

彼は一体何がしたいんだ? 僕とラプラスを必要以上に近づけることに何の意味がある?

疑り深い僕はすぐに考えようとしたが、ラプラスの顔と胸が目の前にある状態でそれは無理だった。

彼女が深く青い瞳で僕を覗き込んできたのだから猶更だ。

「何を考えているの?」



静かな問いかけに、フリーズした僕の思考は正直に答えることしか出来ない。

「何も考えてないよ」

「それは本当? 証明出来る?」

「証明なんて出来ないよ。どうして急にそんなことを?」



逆に質問すると、ラプラスは小さくため息を吐いた。温かい吐息が顔にかかり、僕は思わず顔を震わせる。

だがその時、彼女の体もまた小刻みに震えていることに気付いた。

「……分からないの」



何度見たか分からない、ラプラスの憂いの表情。

俯きながら、ラプラスは子供の様にたどたどしく言葉を紡ぐ。

「私はこの力のおかげで人の仕草、表情、行動パターン、周囲の状況……あらゆる因子から相手の思考を読み取れる。でも貴方は『天使』だからそれがほとんど通じない。だからもし、貴方が私を殺そうとしていたとしてもそれを未然に防ぐことも出来ない」

「君を殺すわけないでしょ。どうして僕がそんな……!」

「分かってる。でも可能性は絶対にゼロと決まってない。そして『絶対』じゃない時点で、私は言いようのない不安に駆られてしまう。そういう風に育ってしまった」



そう言ってラプラスは細い指を伸ばし、僕の頬に添えた。



「だから今日、信じさせて。私を『正しく』消してくれるって」



僕はその手を取り、しっかりと握り返した。

「証明してみせるよ。君は必ず『正しく』僕が消してあげるって」



その言葉に、ラプラスは安心した様子で僕の体に身を預け、『じゃあデートに向けておめかししてくるね!』と言い残し部屋から出て行く。

彼女が去るのを見送ってから、僕は自分の頬を指でなぞった。

まだ手の温かみが残っている。その感触をしっかり確かめれば確かめる程に、僕の胸はズキズキと痛む。

ごめんねラプラス。本当にごめん。

でも、僕にはどうしてもこうすることしか出来ないんだ。

彼女の足音が聞こえなくなるのを確認してから、僕はライプラリを取り出し……そして、とある人物に向けてメールを送った。



「――夕立始です。突然だけど今日『神殺し』を実行する手伝いをして欲しい」