次の瞬間、歌姫が魅惑的な歌声と同時に触手を放つ。

僕は間一髪で横に避けたが、触手が壁に突き刺さった衝撃で横に弾き飛ばされる。

「始君、それ以上『リング』を使うのは危険よ」



倒れる僕を見て、ラプラスが叫ぶ。

「その『リング』は身体のリミッターを外す装置。だから、長時間使えばその反動も大きくなるの!」

「それも薄々分かっていたよ……その男が話してくれなくても」



僕は荒い息を吐きながら立ち上がり、目の前の怪物を見据える。

未だに『リング』は僕の声に応えない。なら、別のやり方を考えるしかない。

『システム』制御下の歌姫たちは、予測は出来なくても学習は出来るようだった。

もう単体で攻めることはせず、三体揃うのを待ってから再び近づいてくる。

僕も慎重に彼女らの方へ進むと、三匹は予想通り僕を囲むように広がった。

歌姫側は僕が有効な反撃と防御の手段を持たないことに気付いている。

ならば、挟み撃ちの物量攻めで一気に仕掛けてくるのは当然の選択だ。

僕は彼女らに包囲されるのを待つと、息を殺してタイミングを伺う。

「始君⁉ 何やってるの早く逃げて!」



ラプラスの叫び声が聞こえるが、五月雨がそれを制止する。

「静かに、ラプ。彼が我々の予測を超越するところを邪魔してはいけない」

「どうして終はそんなに自信が持てるのよ。彼は毎回奇跡を起こせるわけじゃないわ!」

「だとしたらそれまでの話だよ。俺は本物の超越者にしか興味がないからね」



我が子を見守るような五月雨の視線を感じながら僕は目を閉じ……そして、再び開いた。

『ソロモン・リング』で研ぎ澄まされた神経が、嵐の予兆を伝えてくる。

僕はそれと同時にその場で跳躍した。と言っても歌姫が追いきれないスピードではない。丁度奴らの顔の高さと同じ程度の跳躍だ。

蛇の様に三方向から襲い掛かる触手を見て、ラプラスが目を覆う。

僕はそれを無視して全神経を足に集中させる。

戦闘中、ずっと『ソロモン・リング』が発動しない理由を考えていた。

ラプラスが言う通り、これは本来素人が一朝一夕で扱える代物じゃない。

五月雨は容易くリンゴや剣を召喚して見せたが、リンゴはともかく剣など持ったこともない僕には同じ物は生成出来ない……そういう理屈だろう。

だが、それがもし日常的に触れている物体だったとしたら? そう、例えば床とか。

果たして――薄いプラスチックの床を意識した瞬間、バチバチと足元に青い半透明の板が出現した。

僕はそれを踏みしめ、今度は思いきり跳躍する。

バリン! と重みに耐えかねて床が砕け、僕の体が天井近くまで飛び上がる。

唐突な二段ジャンプに対応できず無数の触手は空を切り――それらは歌姫たちのお互いの体に直撃した。

「グエアアアアアッ!」



美しい旋律を奏でていたとは思えない奇声を上げて、怪物たちが血しぶきを上げて倒れると同時に僕は着地する。



振り返るとガラス窓に手をついて安堵のため息を漏らすラプラスと、満足気に頷く五月雨が立っていた。