「夕立始(ゆうだち はじめ)君。話ってなんでしょうか?」



夕日を背に振り返りながら、時雨さんは風になびく優美な黒髪を抑えた。

屋上で好きな女子生徒と二人きり。

『神様』のお告げで結果は分かり切っていても、自然と鼓動が高鳴るのを抑えられない。

「あ、えーと……あの、ご迷惑じゃなかったですか?」

「大丈夫よ、ちょうど外の風に当たりたかったから」

「それは良かった」

「それで話とはなんでしょう? 昨日、折角起こしてあげたにも関わらず授業に遅刻したことへの言い訳ですか?」

「そ、それは本当にすみませんでした……つい二度寝してしまって……」

「フフッ……そんな面白い言い訳は初めて聞きましたよ?」



つい下手な嘘をつく僕なんかにも、時雨さんは笑顔で接してくれる。

本当に天使の様な人だ。

「でも、ここに来てもらったのはそのことじゃなくて……その、大した話じゃないんですけど……」

「そう? その割には汗が凄いですよ。これをどうぞ」



そう言って彼女は綺麗な花柄のハンカチを差し出してくる。

「え⁉ そんなとんでもない……!」

「遠慮しなくていいのですよ。良かったら差し上げます」

「あ、ありがとうございます」



ヒマワリの様な笑みを浮かべる彼女の前で、ボーッとしながらハンカチを受け取る。

何だか妙な展開だ。

彼女も流石に、こんな場所に二人きりで呼び出された理由は薄々察しているだろう。

だとしたら、これから振る相手に対してこんなに親切にするだろうか?

いや……きっと時雨さんはどんな相手に対してもこうなのだろう。そうに決まっている。

だから悲しい希望を抱いたりしちゃダメだ……!

僕は深呼吸し、眩しい程に美しい彼女の顔を真っすぐ見つめた。

「時雨さん、あなたのことが好きです。付き合って下さい!」

時の流れが、急に重くなった様に感じた。

時雨さんは表情を変えることなく僕を見つめ返して……そして、ゆっくりと薄紅色の唇が開いた。

「ごめんなさい」



ガクッ、と肩が落ちる。

分かっていたことでも、実際に直面するとやっぱりショックだった。

しかし、彼女の言葉はまだ続きがあった。

「私、夕立君のことを誤解していたみたいです。こんな正面から堂々と思いを伝えられるほど意思が強くて、男らしくて――」



え? そんなバカな。

これってまさか――

早鐘の様に打つ胸を抱えて顔を上げた僕に、時雨さんはいつもと変わらぬ表情と声で告げた。



「――そして、この私に求愛しようなどと考えるほどに愚かだったなんて」