俺はずっと機械の様に合理的に生きてきた。

そこに多少の美学や信条があれど、私情や感情で行動したことは一度もない。

俺を見た者――きっとあの少年も、俺が自由奔放で気ままに生きていると思っていることだろう。

だがそれは違う。太陽と月ほどもかけ離れた大いなる誤解だ。

俺は最初からラプと同じように運命を定められ、機械的に一つの目的だけを目指して生きてきた。

俺も運命の操り人形の一人。操り人形でない者など、『神様』自身も含めてどこにもいない。

しかし悲観することはない。俺はその辺の操り人形とはわけが違うのだから。

さて――そろそろ時間だ。

始めよう。



不完全な世界を変えようと意気込む、不完全な連中の相手を。



「五月雨代理」



名を呼ばれ、俺は自分を中心に据えて円卓に座している連中を見渡す。

白い大理石で造られた会議用の大ホール。

天井から絢爛なシャンデリアが吊るされ、壁には中世風の荘厳な紋様が随所に施されている。

磨き上げられた石の床から反射する派手な光に、俺は思わず目を細める。

やはり、この場所はあまり好きではない。

華美なあまりに退廃的に過ぎるこの場所は、そんな世界とはかけ離れた自分には相応しくない。

「五月雨終代理。これより答弁を始める」



正面の弁論台の後ろに立つ樹木の様な雰囲気の初老の男……九重重三(ここのえ じゅうぞう)代理委員長が重々しく告げる。

組織の長であり、十二人いる『代行者』を取り仕切るのが彼の役目。

要は面倒事が起きた時の後始末係だ。

この『代行者委員会』は『ラプラス・システム』設立当初から『システム』の運営の為に結成された、政府直属の極秘機関。

構成員は全て『代行者』と呼ばれ、何らかの欠員が出る度に委員会か『システム』の指名で新たなメンバーが補充される。

「答弁の内容は分かっているな?」



委員長は皺で覆われた顔に更に皺を寄せて陰鬱な面持ちで問う。

「何故独断でラプラスと『天使』を解放した? 答えによっては貴殿は――」

「ここを去ることになる、でしょう? ……失礼、逆でしたね。『ここを去れなくなる』か」

「言葉遊びをする為に呼んだのではない。ガキの分際で自分の立場も分からないのか」



怒号を発した人物は時雨義治(しぐれ よしはる)……日本の中枢を担う時雨財閥の当主にして、あの小娘の父親だ。

「ええ、自分がまだ経験の乏しい若輩者であることは理解しているつもりです。それ故に、同年代であられるご息女様の心労もお察ししております」



鷹揚とした口調で言い放つ最上級の挑発。

案の定、時雨代理は武骨な顔立ちに青筋を立てて俺を睨みつける。

この行為が正解であることは理解している。討論において感情は一番の敵。

この勝負、先に感情的になった方が負けだ。

「貴様に何が分かると言うのだ! 度重なるシステムの暴走による事故……あってはならないことだ! それもよりによって私の娘の身に起こるなど……!」

「心中お察しします」

「黙れ! 私だけは誤魔化されないぞ! 間違いなく貴様が一枚噛んでいるに決まっている!」



「それは正式な告発と判断してよろしいので?」