「放せ!」



僕が力任せに暴れれば暴れる程、五月雨の顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。

「それに君の言っていることは矛盾しているよ。一人の女の子に一日の自由もあげられない人間が、一人の女の子の死を阻止しようなんて冗談も甚だしい」



僕の動きが、わずかに鈍くなる。

疲れたせいじゃない。それを分かっているからこそ五月雨は更に愉悦の笑みを広げる。

「君は二兎を追って一兎も得られない愚か者だ。このままでは時雨鏡花は助からず、ラプを解放することも出来ない」

「…………」



僕は、完全に動きを止めた。

弛緩しきった僕を見て、五月雨は薄い唇を裂けそうなほどに歪めて微笑する。

「さあ今決断しろ。神に仕える天使としての義務を果たすのか、尻尾を巻いて逃げ出すのか」



僕は押さえつけられたまま、無力に震えながらこちらを見つめるラプラスを見据えて笑う。

「始君――ダメだよ。貴方は運命の糸に操られる様な人間じゃない。貴方は私の『天使』だもの」



初めてラプラスが僕の名を呼ぶのを聞いて、僕は更に笑みを零した。

「ラプラス……ごめん。ずっと『視て』きたなら、僕がどういう人間か分かるでしょ?」



僕は首をひねり、五月雨に力なく告げる。

「五月雨。一つ条件がある」



途端、五月雨が頭に指を食い込ませ僕は激痛に呻いた。

「ぐああああっ!」

「交渉できる立場だと思うのか? 君はすでの俺の所有物だと昨日言ったはずだが」

「交渉じゃない、これはお互いの為の正当な要求だ! 僕はお前たちを当然信用していない。それなのに、大人しくお前たちが約束を守ると信じて任務を遂行出来ると思うのか?」

「……何が言いたい?」



五月雨は手をゆっくりと放しながら問いかける。

「時雨鏡花掃討作戦はかなり危険な任務だ。時雨さんはセキュリティ万全の邸宅で厳重に警護されている。その防衛網を破って彼女を殺すのは簡単じゃないし、殺せても僕が生きて帰れる保証もない。だから――」



「任務の前にラプラスの一日解放を許可して欲しい。それが出来ないならこの場で僕を殺せ」