彼の言葉が氷の様に冷たい一閃となって僕を貫く。

五月雨は僕に植え付けた恐怖は、実際にナイフで体を貫かれる以上のものだった。

僕はその場で膝をつき、力なく項垂れる。

「そうだ……それでいい」



悪魔の囁きが、頭上から降り注ぐ。

「もう分かっているはずだ。君が殺さないなら俺が時雨鏡花を殺す。君は単なる天使同士の戦いの実験対象に過ぎない。君が代えの効かない存在などと考えること自体おこがましいんだよ」

「僕は……僕は……」



一瞬にして僕は、このタワーに初めて来た時の様な弱気な自分に戻ってしまっていた。

この男にはもうどうやってもかなわない。でも今更後戻りすることも出来ない。

時雨さん……ごめんなさい……僕にはもうどうすることも……

「――もうやめて!」



その時。

ラプラスが駆け寄って来て僕を後ろから抱きしめた。

「もう見ていられない。これ以上私のせいで彼を傷つけないで!」

「……ラプ。君まで俺に逆らうのかい?」



五月雨が地の底から響く声で威圧したが、彼女は怯まなかった。

「私は最初、彼が進んで選んだ道ならば邪魔するつもりはなかった……けど、今の彼は貴方に恐怖で押さえつけられているだけ! この世界を収める者として、そんな横暴は許せない!」

「黙れ」



五月雨は僕を突き飛ばし、彼女を容赦なく蹴り上げた。

「きゃあっ!」

「ラプ、待機だ」



五月雨は短い言葉一つに絶対的な威圧を込める。

「この世界を収める者だと? 傲慢も大概にしろ。『天使』同士の前では君は道具どころか、ただのか弱い少女に過ぎない」

「五月雨ッ……!」



落ち込んでいた僕が再び怒りを滲ませるも、彼は歯牙にもかけず嘲笑う。

「今ので分かっただろう? 『予知』を無効化できる『天使』の俺たちは、ある意味ではラプを上回る存在。同属の『天使』を討滅し『神様』さえもコントロール出来る選ばれし者だ。そんな俺たちが手を組まず争うだなんて人類にとっての損失だと思わないかい?」

「違う! ラプラスは一人の人間だ! たった一人を救えないくせに、人類を救うなんて笑わせるな!」

「やっぱり君は最高に面白い。だったら一つ教えてあげよう」



刹那、五月雨は僕の手を引いて一瞬で床に叩きつけた。

そのまま完全に僕を組み伏せた体勢で、耳元に唇を近づけて囁く。



「たった一人を救えないからじゃない――その一人を見捨てる勇気が全てを救うんだ」