僕は口では不機嫌だったけど、内心は料理のクオリティの高さに驚いていた。

てっきりラプラスは組織にこき使われ、ろくな食事も取らせてもらえてないと思っていたからだ。

僕を欺く為の仕込みというわけでもないらしく、ラプラスはブドウジュースを指さして不機嫌そうに唇を尖らせる。

「終、そのブドウジュースは出さないでいつも言ってるでしょ! せめて違う産地のにして」

「どうしてさ? 僕はブルゴーニュ産のやつが凄く気に入ってるんだけど」
だがラプラスに無言で睨みつけられ、五月雨ははいはいと両手を上げた。

「ほら、始君も席に着いたらどうだい。毒なんか入ってないよ」

「昨日無理やり薬で昏睡させといてよく言うよ」



憎まれ口を叩きつつ、仕方なく二人にならって席に着く。

深海の様な静謐な空間で食べる食事は、見た目通りとても美味しかった。

食事中ラプラスはほとんど無言で、代わりに五月雨が自分の美学を頼んでもいないのにペラペラと聞かせてくる。

「食器が全部銀なのも、昔の王侯貴族のインスパイアとかじゃなくてちゃんと理由があるんだ。僕は純粋に銀色が好きなんだよ。絢爛でありながらも金の様に主張せず、銅の様に庶民的でもない……豪奢さと瀟洒さを兼ね備え、どこまでも絶妙なバランスで美しい。まさにラプの髪の様にね」

「その口説き文句みたいな話はもう十回目くらいなんだけど。終と付き合う女の子は全員一ヵ月くらいで飽きるんでしょうね」

「何の冗談だい? ラプ以外の女なんて下界にしかいなし、俺は下界人なんて全員タコにしか見えないけど?」



ラプラスはため息を吐いてから、僕の方を見て苦笑いした。

「これがほぼ毎日だよ? 嫌になるのも分かるでしょ……その、珍しいお客さんと添い寝したくなっちゃうくらいには」



少し赤くなるラプラスに、僕は心の底から頷いてシチューをスプーンですくった。

だけど、何だかんだと愚痴をこぼしつつ食事を平らげる彼女を見れば分かる。

五月雨はきっと、ラプラスのパートナーとしては適任の人材だ。

彼の『天使』としての特性も、何でも人の心を読み取れてしまう彼女に対しては『対等に話せる相手』として寧ろプラスに働いている。

その事実に気付いた瞬間、僕の脳裏を微かな疑問が過る。

僕は本当にラプラスにとって必要な存在なのだろうか?

もし彼女を救済したいというのが僕の一人よがりだとしたら……あの夜、『行かないで』と僕に縋りついた彼女がもし偽物だとしたら……?

いや、あり得ない。

あの時の彼女の目に偽りなどなかった。今はこうして普通に振舞っているが、本当は刻一刻と迫るタイムリミットに怯える日々を送っているはずだ。

彼女との約束を果たさなくては。例えどれほど大きなプレッシャーに押し潰されそうになっても。

「……ごちそうさま」



そう言って、僕は食事を残して席を立った。

「おや、お口に合わなかったかい?」

五月雨は明らかに分かっていながら微笑を浮かべた。

「どうしたの? もし具合が悪いなら――」

「いや、大丈夫だよラプラス。でも今は一人にして欲しい」



そう言ってテーブルを離れる僕に、五月雨の一言が追い打ちをかけた。

「止めはしないけど、ちゃんと食事はとっておいた方が良いよ。なぜなら――」



「午後から、始君の戦闘訓練が始まるからね」