――天使なんて、どこにもいなかった。

その事実に気づいたのは、母親とその会話をしてから二日後のことだった。

「アリス・ミシェーレだな?」



家に帰ってきたアリスを待っていたのは、憲兵らしき格好をした知らない男たちだった。

「我々と一緒に来てもらおう」

「おじさんたちは誰?」

「お前が知る必要はない」



有無を言わさず屈強な腕に掴まれ、アリスは叫ぶ。

「助けて! お母さん! お父さん!」

「抵抗するな!」

「まあ待て。強引に連れていくより、説明してやった方が大人しくなるかもしれん」



憲兵の一人がそう言って、アリスに無機質な声で告げた。

「お嬢ちゃん。お前は両親に売られたんだよ。だからどんなに騒いでもあの女房と旦那は助けに来ない」

「売られた……そんなウソ信じないもん! だってお母さんは天使だから! 私を守り続けるって約束したから!」

「天使? ……アッハハハハハッ! お嬢ちゃん、この状況で変なジョークを言うなよ! 笑っちまうじゃねえか!」



堪えきれなくなって散々笑った後、彼は少しアリスを憐れむ様な目で見た。

「いいかお嬢ちゃん、あれは天使なんかじゃない。自分の娘を金の為に売り飛ばす、人の皮を被った悪魔さ」



アリスの双眸から、光が消えた。

「じゃあ……私はやっぱり、悪魔の子だったの?」

「巷じゃそう呼ばれてるらしいな。お嬢ちゃんほどの力を持ってたら当然だが」

「お母さんとお父さんとはもう……かくれんぼはできないの?」

「残念ながらここでお別れだからな」



アリスは一瞬俯いて……それから虚ろな笑みを浮かべた。

「やったあ……! じゃあもう一生、私はあの二人とかくれんぼで負けないね」



「だって私――もう絶対に見つからない場所に消えちゃうんだもん」