五月雨終に連れられて、僕は再び最上階の扉の前までやってきた。

五月雨は慣れた手つきで『天使』と入力し扉を開く。

自分と同じく、彼も『天使』であることは薄々分かっていたから驚かなかった。

そうでなければ、ラプラスのコントロールを離れてこんなに好き勝手など出来ないだろう。

深海の様に深い青に染まった部屋に踏み入るのは二度目だが、なぜか自然と安らぎを覚えた。

まるで最初から、ここが自分の居場所であったかのように感じる程に。

ラプラスは空間の中央にある筒状のドームの前で立っていた。

紫の霞で出来た時計が時を刻む中、彼女はゆっくり振り返って僕を見つめる。

「また、私に会いに来てしまいましたね……貴方はここに来てはいけない存在なのに」



『だって貴方は――私に会いに来る為に生まれてきたのだから』



またしてもあの幻覚が脳裏を過る。

僕はそれを振り払い、拳を握りながら彼女の前に進み出た。

誰かに対してこんなに強い怒りを覚えたのは、生まれて初めてだった。

「君がそうさせたんだろ! 君があんなことさえしなければ……こんな形で、また会いたくなかった!」

「それはどういう意味?」

「何でも見通せる神様のくせにとぼける気なの⁉ ふざけるのもいい加減にしてよ!」

「私だって全知全能なわけじゃありません! 特に貴方と五月雨に関しては私の力が通じないのだから」

「え? どうして僕とアイツは――」



しかし、僕が尋ねる前に五月雨が高らかに笑って遮った。

「いいねいいね、再会早々痴話喧嘩かい? なら若い二人を残して俺は失礼させてもらうよ」

「とぼけないで、そんな気はないくせに。それに貴方もまだ十七でしょう?」



一つ年上なだけなのか……衝撃の事実をサラリと言うラプラスに、彼は嘆息する。

「せっかく逢瀬の機会を作ってあげたのに無下にするとは……まあいい。確かにそういう取引だからね」

「取引?」

「俺がタダでラプと始君を合わせてあげるとでも? いや訂正しよう……こんな奇跡的で素晴らしい邂逅を無駄にすると思うのかい?」

「だったらそんな気遣い無用です。今すぐその人を下界に帰してください」



わざと冷たい口調で告げるラプラスに言い放つ。

「そうはいかないよ。僕は君を止めに来たんだ」

「だからさっきから貴方は何を言っているの?」

「ならはっきり言ってやる。どうして僕のクラスメートを殺そうとするんだ? もし僕の為にやったなら余計なお世話だ。これ以上時雨さんを苦しめないで欲しい」

「時雨さん……? ああ、あの時雨財閥の御曹司のことね」



ラプラスはようやく合点が行った様子で、無感情な声で告げた。



「ごめんなさい。あの少女は死ななくてはいけないの……貴方とどういう関係があるかに関わらず」