校門まで走ったところで、時雨さんは強引に僕の腕から飛び降りた。

「いい加減放して! もうみんなを助けようなんて馬鹿なことは言わないわ。怪物の狙いは私でしょ、ならなるべく早くここから離れないと」

「さっきからそう言ってるのに……ハァハァ……疲れた……」

「どうしてそんなに疲れ切ってるのよ⁉ まるで私が重かったみたいじゃない!」

「…………」

「そこは否定しなさいよ!」



その時バリンッ! と激しい衝撃音と共に正面入り口が砕け散った。

振り返ると先ほどの怪物が、触手をユラユラ揺らしながら真っすぐ歩いてくる。

「急ごう。足は速くないみたいだけど万が一街中で追いつかれたら被害が大きくなる」



僕が自然と時雨さんの手を引くと、彼女は何故か顔を赤らめた。

「貴方、やっぱり変な人ね。告白された時から思ってたけど、普通の高校生とは思えない」

「そりゃどうも。何しろ悪名高い『魔女』ですから」

「でも今はそのおかげで助かってるわ」



そう言って、時雨さんは高慢な顔の下に少しだけ白い笑みを見せた。

「……だからせいぜい、私が助かる為にとっておきの魔法を見せてよね」



目的地は当初の予定通り、時雨さんの邸宅。

セキュリティもしっかりしているし、いざとなれば要人を匿う核シェルターまであるらしい。

制服姿の男女が市街地を駆ける様はかなり人目を引いたけど、そんなことを言ってる場合じゃない。

躊躇なく教師を殺した、人の心を持たぬ化け物……あれがどんな力を隠し持つか分からない以上、一刻も早く逃げないと。

途中で彼女のポケットからハンカチが数枚落ちた。急いでいたが、時雨さんが慌てて拾い始めたので仕方なく立ち止まる。

「そう言えば、どうしてそんなにたくさんハンカチを持ち歩いてるの?」

「何よ、まだ告白の時のことを根に持っているの?」

「いや純粋に疑問に思って」



常にハンカチを一束持ち歩く女子高生なんて、普通に考えてまともじゃない。

彼女は全て拾い上げると、ため息を吐いて立ち上がった。

「常に日陰で生きてきた貴方には分からないことよ。私は政界の名家である時雨家で育った。将来的には『ラプラス・システム』運営に携わるポストまで約束されているの」

「『ラプラス・システム』の……⁉」

「その為に昔から処世術や社交術は血を吐く程叩きこまれた。いわばこのハンカチの束と貼り付けられた笑顔はその後遺症みたいなもの」



そして振り返り、気まずいような複雑な表情で僕を見る。

「だからたまに爆発してしまうの。絶対超えてはいけないラインを超える者が現れた時、本当の私がそれを拒絶する。常に日向にいることは、常に日陰にいることと同じくらいしんどいものよ」

「知らなかった。『魔女』じゃなくても、そんなに不自由で苦しい生き方があるなんて」

「フン、勝手に同情しないでくれる? あくまで私は日本の中枢を担う時雨家に生まれたことは誇りに思ってるわ。どこかのヘタレな『魔女』さんとは違ってね」



そう言って、彼女は手にしたハンカチをお守りの様に強く握りしめた。



「だからこそ、絶対にこんなところで死ぬわけにはいかないの」