そう――それも恐らく、『彼女』と僕が会ったせいで。
「非常階段の崩壊や工事現場の鉄骨事故も、きっとシステムが意図的に修繕を勧告しなかったんだ。後は周りの人間か時雨さん自身を誘導して、その現場に貴方が来るよう仕向ければ――」
「――そうだわ……あの時もあの時も全部『ライプラリ』に呼び出されて、その通りにしたら死にそうになって……!」
「それなら手立てはありますよ。『因果率』は下がりますが、こちらが『ライプラリ』を無視すればある程度対策が――」
「もうやめて下さいッ! それ以上何も聞きたくないッ!」
時雨さんが顔面蒼白となって叫ぶ。まるで本当に呪いを受けたかのように。
彼女がパニックに陥る中、僕は必死に頭を回転させて思考を巡らせる。
『ラプラス』は監視カメラや衛星を利用して常に地上のあらゆる事象を観測している。なら、この瞬間の僕たちのやり取りを見られていてもおかしくない。
「時雨さん、とりあえずここから逃げましょう。『システム』が相手である以上、警察はあてに出来ない。僕が家まで送ったら厳重に入口を固めて絶対に外に出ないでください」
だが、パニックに陥った時雨さんの耳には届いていない様だった。
「そんな……嫌よ……魔女どころじゃない……神に命を狙われるなんて……そんなのもう、死ぬしかないじゃない!」
「時雨さん落ち着いて!」
「嫌アアアアアアアアッ!」
時雨さんは僕の手を振り払うと、一目散に食堂の出口目掛けて駆けだす。
「待って! 下手に動いたら危ない――」
追いかけようとした、次の瞬間。
僕は不思議な歌声を聞いた。
「何だろう、これ……」
聴くもの全てを虜にするような、魅惑的で甘美な旋律……
いる者全てを魅了する様な、その美しい歌声に生徒たちは茫然と立ち尽くし――
ガシャン! と突然、夢から覚める様に鋭利なものがガラス扉を突き破って、ガラスの破片が派手に食堂中へ飛び散った。
「な、何だ⁉」
驚いた生徒たちが騒めく中、入り口からゆっくりと漂う様に『それ』が入ってくる。
見た目は少なくとも人の姿をしていた。
全身に純白の聖女のロープを纏い、フードで目元まで覆っているせいで顔の全貌は見えないが、それだけならきっと教会の修道女に見えただろう。
――背中から無数に蠢く、鋼鉄の巨大な触手さえなければ。
「きゃあああああああああああああ!」
異形の者を前にして一瞬で食堂がパニックになる。それは僕にしても同じことで、足がすくんで動くことも出来ない。
そんな中、触手姿の聖女は騒ぎ立てる生徒たちには見向きもせず、ただ一人の少女目掛けてゆっくりと触手をうねらせながら歩を進めていく。
それは他ならぬ時雨さんだった。
「あ……あ……」
恐怖のあまりテーブルに縋りついたまま動けない時雨さんの前で、聖女の怪物が一度立ち止まった。
うねる触手と共に、口元から幻想的で美しい歌声が流れる。
それは、今から死にゆく者への鎮魂歌に聞こえた。
『ターゲット確認。システム・サポート起動。指示を実行します』
歌声と共に機械的な音声が発せられた瞬間、無数の触手の先端が時雨さんを捕捉する。
もう、猶予などなかった。それなのに僕の足は恐怖に凍り付いたままその場を離れてくれない。
動けと必死に叫ぶ僕の脳裏に、フッとラプラスの儚げな笑みが浮かんだ。
「――ふざけるなッ!」
「非常階段の崩壊や工事現場の鉄骨事故も、きっとシステムが意図的に修繕を勧告しなかったんだ。後は周りの人間か時雨さん自身を誘導して、その現場に貴方が来るよう仕向ければ――」
「――そうだわ……あの時もあの時も全部『ライプラリ』に呼び出されて、その通りにしたら死にそうになって……!」
「それなら手立てはありますよ。『因果率』は下がりますが、こちらが『ライプラリ』を無視すればある程度対策が――」
「もうやめて下さいッ! それ以上何も聞きたくないッ!」
時雨さんが顔面蒼白となって叫ぶ。まるで本当に呪いを受けたかのように。
彼女がパニックに陥る中、僕は必死に頭を回転させて思考を巡らせる。
『ラプラス』は監視カメラや衛星を利用して常に地上のあらゆる事象を観測している。なら、この瞬間の僕たちのやり取りを見られていてもおかしくない。
「時雨さん、とりあえずここから逃げましょう。『システム』が相手である以上、警察はあてに出来ない。僕が家まで送ったら厳重に入口を固めて絶対に外に出ないでください」
だが、パニックに陥った時雨さんの耳には届いていない様だった。
「そんな……嫌よ……魔女どころじゃない……神に命を狙われるなんて……そんなのもう、死ぬしかないじゃない!」
「時雨さん落ち着いて!」
「嫌アアアアアアアアッ!」
時雨さんは僕の手を振り払うと、一目散に食堂の出口目掛けて駆けだす。
「待って! 下手に動いたら危ない――」
追いかけようとした、次の瞬間。
僕は不思議な歌声を聞いた。
「何だろう、これ……」
聴くもの全てを虜にするような、魅惑的で甘美な旋律……
いる者全てを魅了する様な、その美しい歌声に生徒たちは茫然と立ち尽くし――
ガシャン! と突然、夢から覚める様に鋭利なものがガラス扉を突き破って、ガラスの破片が派手に食堂中へ飛び散った。
「な、何だ⁉」
驚いた生徒たちが騒めく中、入り口からゆっくりと漂う様に『それ』が入ってくる。
見た目は少なくとも人の姿をしていた。
全身に純白の聖女のロープを纏い、フードで目元まで覆っているせいで顔の全貌は見えないが、それだけならきっと教会の修道女に見えただろう。
――背中から無数に蠢く、鋼鉄の巨大な触手さえなければ。
「きゃあああああああああああああ!」
異形の者を前にして一瞬で食堂がパニックになる。それは僕にしても同じことで、足がすくんで動くことも出来ない。
そんな中、触手姿の聖女は騒ぎ立てる生徒たちには見向きもせず、ただ一人の少女目掛けてゆっくりと触手をうねらせながら歩を進めていく。
それは他ならぬ時雨さんだった。
「あ……あ……」
恐怖のあまりテーブルに縋りついたまま動けない時雨さんの前で、聖女の怪物が一度立ち止まった。
うねる触手と共に、口元から幻想的で美しい歌声が流れる。
それは、今から死にゆく者への鎮魂歌に聞こえた。
『ターゲット確認。システム・サポート起動。指示を実行します』
歌声と共に機械的な音声が発せられた瞬間、無数の触手の先端が時雨さんを捕捉する。
もう、猶予などなかった。それなのに僕の足は恐怖に凍り付いたままその場を離れてくれない。
動けと必死に叫ぶ僕の脳裏に、フッとラプラスの儚げな笑みが浮かんだ。
「――ふざけるなッ!」