ラプラスの双眸が、満月の様に見開いた。

僕は彼女に背を向けて、扉に視線を向けた。

「道案内ありがとう。僕はもう行くよ……僕がいなくなった後も、この世界をよろしくお願いします」



そしてゆっくりと扉に向かって歩き出す。

青い光で満たされた床の上を渡り、そして扉に手をかけようとしたところで――僕の袖を引っ張る者がいた。

「……行かないで」



きっとそれは、初めて聞く彼女の本当の声。

「私を置いて行かないで」



振り返って僕がその肩に手を添えると、ビクッと細い体を震わせて彼女が顔を上げる。

光を溜めたその目を見下ろして、僕は告げた。

「――ねえ、『神様』」



「どうせ消えるならあの世でも地下施設でもなく、もっとマシな場所へ消えないか? ――大勢のモブが行きかう平穏な日常の世界へ」



「何を言っているの?」



ラプラスがか細い声で困惑する。

僕は黙って、自分が入ってきた入り口のドアを指さした。

「からかってるんですか? 私があそこから出たら消えるどころの騒ぎじゃなくなります」



諦観と達観の混在した薄ら笑いを浮かべる彼女に告げる。

「そんなことない。見た目だけなら君は可愛い普通の女の子だ」

「か、かわっ……!」

「神様か何だか知らないけど、そういう面倒臭いのはもうやめようよ。『ただのモブ』になれば僕たちだって消えていけるはずなんだ。ここよりもっと暖かくて光の差す方へ」



僕はそう言って、ラプラスに手を差し伸べた。

ついさっきまで死のうとしていた人間に言う権利はないのかもしれない。

実際、僕自身も急な心境の変化に戸惑っているし、彼女を救う策だって何もない。

それでもただ、純粋に彼女には幸せになって欲しいと願ってしまった。

ラプラスは、手を取ることなくただ見つめていた。

白く透き通った相貌が床下の光の反射を受けて水面のように揺れる。

震える唇が、今にも崩れそうな言葉を紡いで。



「私は――」