ワンルームの部屋の端に、いつしか一人暮らしをするため中古で買った廃れたパイプハンガーがあった。

むき出しになった服の中から、二・三着手に取り、鏡の前に立つ。

まるでデートに出掛ける可愛らしい女の子のように、鼻歌を歌いながら、鏡に映る自分に代わる代わる服を着せた。

「やっぱり溺死するなら重い服の方がいいよね〜」

私は私に話しかける。同じ動きをする彼女は、うんうんと共感してくれているように見えた。それくらい、嬉々とした表情だった。

でも、重い服なんて持っていない。悩んだ挙句、かつてお気に入りだった赤いワンピースを選んだ。

別に、この服を着て死ぬつもりじゃない。私を途中まで見送る知り合いを決めたに過ぎなかった。

次いで、アクセサリーボックスをひっくり返す。
学生の時はそこそこ埋まっていた中身も、既にほとんどが『紙切れ』に変わっていた。

唯一、売りさばくことがなかったのは、両親の形見である結婚指輪だった。

銀色の輝きを放つ二つのリングは、大きさが異なっていて、人間が身に付けていたという生々しさを感じさせる。

「うーん。チェーンも買いに行かないとな〜」

呟いた言葉に返事はない。狭い部屋が、机が、服が、壁が、私の声をただ吸収する。

床に落ちていた紐を指輪に通し、首に下げた。

肌に触れる冷たい感触は、まるで誰かに舌で舐められたように、気持ちの悪い不快感が背筋を通過する。

その不快感が、ある種の快感に変わったのか、私は音を殺した世界で不気味に微笑んでいた。