『初めまして。水瀬涙花といいます。岐阜県から転校してきました。仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします。』




なんとか挨拶を終えると皆が暖かい拍手で歓迎してくれた。




『涙花さん、ありがとうございました。では皆さん、涙花さんが自己紹介してくれたので皆さんも簡単に自己紹介をお願いします。あ、涙花さんは柚月くんとりささんの間に座ってください。』




私が席につくと、皆の自己紹介が始まった。




『浅川ヒロです。よろしくお願いします。』




『井上真希です。趣味は手芸です。よろしくお願いします。』




自己紹介はどんどん続いていく。その間、私はさっきの男の子が頭から離れなかった。あの子が隣にいる。心臓が爆発しそう。顔が火照っているのが、自分でもよく分かる。
あの男の子は私を見てるはずがないのに、何故か視線を感じてしまう。あーあ、そんなわけないのにな。恥ずかしい。



『島田久雄です。よろしくお願いします。』




気がついた時にはかなり進んでいた。自己紹介だもん。ちゃんと聞かなきゃだめ。自分にそう言い聞かせて、私は再び自己紹介を聞き始めた。




『瀬川典子です。のりピーと呼ばれてます。よろしくお願いします。』





『西村りさです。○もの係が好きです。よろしくお願いします。』




『花澤啓太です。サッカー観戦が好きです。よろしくお願いします。』




『橋爪駿太です。よろしくお願いします。』




『日比野茜です。よろしくお願いします。』




『藤川等です。よろしくお願いします。』




『森下あみです。よろしくお願いします。』




頑張って聞いていたけど、やっぱり隣の男の子が気になってしかたがなかった。半分以上聞いていなかった気がする。心の中で手を合わせた。ごめんなさい、隣の男の子が気になってしまって...。そんな言い訳をしながら私はぼーっと隣の男の子の事を考えていた。




するとガタッという音が隣から聞こえた。はっとして恐る恐る隣を見ると、あの男の子が立ち上がっていた。




『山上柚月です。野球が好きです。よろしくお願いします。』




山上柚月...。何度も頭の中で繰り返す。彼の名前は教会の鐘の様に私の中で響いた。柚月くん、かぁ。名前まで素敵。




『皆さん、ありがとうございました。それでは朝の会を始めます。まず始めに....』




自己紹介は柚月くんで終わりだったらしい。柚月くんの事を考えると、止まらなくなる。今日初めて会ったのに、頭の中は柚月くんの事でいっぱいだった。一目惚れって怖い。




そんなこんなで1時間目が終了した。休み時間になると、私の机にりさちゃんを先頭に人だかりができた。柚月くんの事を考えている暇がないくらい、質問攻めにあった。




『涙花ちゃん、りさだよ!覚えてくれた?涙花ちゃんって岐阜だよね?どこの高校いたの?』




『えっと...私立桜木学園だよ。』




『涙花ちゃんは今どこに住んでるの?』




『立川だよ。えっと...。』




『あ、私はりか。ごめんね、覚えられないよね。たくさんいるもんね。』




『ううん、こちらこそごめんね。りかちゃんはどこに住んでるの?』




『私は三鷹。遠いんだよね。』




『涙花ちゃん趣味ってある?』  




『趣味かぁ。読書とかかな?』




『え、好きな作家さんとかいる?』




『んー、新堂冬樹さんとか?』




『あー!知ってる。あの...』




質問は永遠と続いた。授業が始まっても手紙が回ってくる。返事を書くのと、柚月くんの事を考えるのに忙しくて先生の話をろくに聞けなかった。先生、本当にごめんなさい。昔、クラスに転校生が来ると私もよく手紙を回していた。それがこんなに大変な事だなんて知らなかった。いや、私だけかもしれないけど。半分は自分のせいなんだけれども。手紙も嬉しいんだけども。その、あまりの量が来るもんだから...。あーもう、語彙力がなくて伝わらないな。手紙が迷惑な訳じゃなくて、量が迷惑?っていえばいいのかな。もしも昔の自分に会いに行けるなら、転校生に手紙を回すのをやめさせたい。




『涙花ちゃんお昼だよ♪りさ達と食べよ。』




気がついたらお昼になっていた。1日があっという間に感じた。りさちゃんが私の手を引いてあるグループに連れて行ってくれた。




『みんな、涙花ちゃんだよ♪ここでいいよね?』




りさちゃんが連れてきてくれたグループには5人いた。りさちゃんとあみちゃん、男の子が3人いた。その中に....柚月くんもいた。
顔が熱くなっていくのが分かった。だって柚月くんだよ?あの柚月くんだもん。かっこよすぎて直視できない。




『いいよ。いつもの事だけどりさテンション高くない?』




といったのはあみちゃん。意外とクールなのかな?




『いいよ、涙花。久しぶり。僕のこと覚えてるかな?』




そういって1人の男の子が首をかしげた。もちろん柚月くんではない。柚月くんなら絶対に覚えてる。記憶を遡っていく。誰だろ?
思い出せなくて申し訳ない。




『え!久雄と涙花ちゃんって知り合いなの?どういう関係?』




りさちゃんが興味津々といった感じで私と久雄くんを交互に見る。どういうこと?と今にも聞いてきそうな気がする。それは私が1番知りたい。名前を聞いても思い出せない。なんとなくあみちゃんや柚月くんを見ると、2人も興味深そうにしていた。




『青龍青空幼稚園、って言えば分かる?』




ふと頭に1人の男の子が浮かんだ。




『もしかして...かいちゅんとかはるきくん達といつも女の子をからかってたあの久雄くん?ひなこちゃんと仲がよくて、いつもひなこちゃんを私ととりあいっ子してたあの久雄くん?うちの妹と仲が良かった美緒ちゃんのお兄さんの久雄くん?』




『めちゃくちゃ鮮明に思い出してるじゃん。涙花、元気だった?』




『久雄くん、久しぶり。びっくりしたよ。全然分からなかった。背、伸びすぎだよ。』




『僕は覚えてたけどね。かいちゅんとかはるきとか懐かしすぎ。』




かいちゅんとはカイト君という男の子。笑顔が可愛い人だった。はるきくんとは、何を隠そう私の初恋の人なのだ。えへへ、すごくかっこよかったんだから。ひなこちゃんはとっても可愛い女の子。ついこの間まで、同じ高校にいたの。ひなこちゃん、相変わらずモテモテでございますよ。はい。




『ひなこちゃんもでしょ。』



昔の感覚が戻ってくる。緊張していたのが一気に緩んでいくのが分かる。ついでに私の頬も緩んできた。




『こら、そこ!2人の世界に入らない!』




『そうだそうだ!ずるいぞ、久雄。』




りさちゃんとあみちゃんがニヤニヤとしながら久雄を小突く。




『別にそんなんじゃないし。なぁ涙花?』




『そうだよ、久しぶりに会ったから懐かしくて。久雄くんのゆうとおりだよ?』




久雄くんが助け舟を求めてきた。




『とか言っちゃって久雄、涙花ちゃんの事呼び捨てしてるくせに。ずるいよ、うちらも涙花って呼んでもいい?うちらの事も呼び捨てでいいからさ。』




『それは幼稚園の時からそう呼んでたからだって。みんな涙花って呼んでたし。』




『もちろん、嬉しいな。りさ?あみ?でいいのかな?』




久雄くんとほぼ同時に答えてしまった。すると私達以外の皆が笑い始めた。




『タイミング凄すぎる。』




『これ運命の人じゃないの、久雄。』




『ありあり。運命の人っていうの。幼馴染で恋とかよくあるじゃん。』




口々に皆言い始めた。柚月くんまで...。あぁ笑顔かっこよすぎる。いや、可愛いのか?とにかく心臓がいくつあっても足りない!ってそうじゃなかった。柚月くんよくないよ。
全然よくない。運命の人が久雄くん....。




『『それはないね。』』




またしても久雄くんと被ってしまった。もう泣きたくなる。2人共悪くないんだけどね。




『おい涙花、被せるなよ。』




『も〜。久雄くんこそ被せないでよね。』




『やっぱ2人息ぴったりじゃん、もう付き合っちゃえば?』




なんて柚月くんが言い出した。うぅ、柚月くん。私は柚月くんと付き合いたいんだけど?




『ばか柚月。涙花と僕はそんなんじゃないから。どっちかというと僕はさっき涙花が言ってたひなこの方と付き合いたい。』




よくぞ言ってくれた、久雄くん。これで私達の話は終わるはず。




『いや、久雄はそう思ってても涙花ちゃんは違うかもしれないぜ?』




皆さん聞きました?私の聞き間違いじゃないですよね?って私誰に聞いているんだろ。柚月くんが、涙花ちゃんって...。涙花ちゃんって初めて呼んでくれたよ。嬉し過ぎて心臓がけたたましいサイレンを鳴らしてます。おまけに涙がポロリ、顔もまた火照って来た。って違うよ。私が好きなのは久雄くんじゃない。




『おい、柚月やめろって。涙花ちゃん涙流してるよ。』




そう言ってくれたのは、えーっと...名前をまだ聞いていない男の子だった。




『あ、ごめん。違うの。目にゴミが入ったっていうか。ほら、もう涙とまってるでしょ?ね?ね?安心して、泣いたわけじゃないからさ。』




にっこりと笑顔を作った。言えるわけない。柚月くんが名前を呼んでくれたのに感動して泣いてしまったなんて。それこそ好きなのバレちゃうじゃん。




『ごめん。久雄とのことからかって。』




柚月くんと視線が絡む。じんわり体が熱くなってくる。心臓が早鐘を打つ。息が苦しい。手に汗が滲んできた気がする。頬に手を当てるとやっぱり熱い。このまま時がとまってしまえばいい、と本気で思った。




『本当に気にしないで。えっと...』




『柚月ね。山上柚月。柚月でいいよ、みんなそう呼ぶから。僕も涙花って呼ぶけどいいよね?』




柚月くんの名前はよく分かっていた。誰よりも先に気になっていた人だもん。ただなんて言えばいいのか...。そう、ためらってしまったんだ。転校初日から、好きな人と話せてその上名前まで呼んでもらって...。呼び捨てにしていい、って柚月くんは言ってくれたけど、恐れ多い。



『うん、もちろん。よろしくね柚月くん。』




『涙花、呼び捨てって言ったよね?』




柚月くんの瞳が私を捕える。あぁ堪らない。そのまま柚月くんの瞳の中に捕えられてしまいたい、なんて少し危険な事を考えてしまった。完全に頭の中がショートしている。ぼーっとしていると、柚月くんの顔が近づいてきた。近い





『ゆ、ゆ、柚月...?』




『そ、よくできました。』




柚月くん改め柚月の顔が遠のいていった。何いまの。、