俺は―――イチのマネージャーの旦那に、浮気をする覚悟があるのなら、それ以上にうまくやれ、そしてそれを隠し通すのが筋だ、と思った。
真実を知って、傷つかない筈がない。
だから知らない方がいい。俺はキリを傷つけたくなかった。
そんなのエゴかもしれないが。
「……マネージャーとは何もない。ただ酒を飲んで飯を食って、イチとの喧嘩の相談に乗っただけだ」
俺も……あのマネージャーの旦那のように、とんだ大根役者だ。普段ならもっと上手く切り返せる筈なのに、妙に声が上擦った。
「……嘘、翔は嘘をついてる。
何も無かったらどうしてあなたはあの時、車を降りたの?どうして指輪を買ってやるなんて言ったの」
とキリが再び無表情になってガラス越しに俺を冷ややかに見てきた。
確かに車を降りたし、指輪も実際予約した。
初めての浮気心……と言うのか、気の迷いと言うのか、あの時は俺も動揺していた。
キリは頭の良い女だ。俺の動揺をすぐに見破った。
あの時俺は―――車を降りるべきではなかった。婚約指輪の約束を取り付けるべきではなかった。
「あなたは、翔は……隠し通すことが正義だと…思ってる。けれど私はそんな正義要らない。本当のことが知りたい。傷ついても…
知りたいの。“恋愛面”ではおいて」
キリは目を伏せて言った。
俺は小さく吐息をつき、キリを抱きしめたまま
「キスをした。ただそれだけだ」
俺の声が僅かに震えていたことをキリは気付いたに違いない。
「……そう」
キリは小さく頷いた。
「婚約破棄をするなら今のうちだ。お前が俺を許せなかったらのなら、この縁談は無かったことにする。悪いのは俺だ。責められても文句は言えない」
キリを抱きしめたまま小さく言うと、キリはきゅっと俺の腕に力を籠め唇を結んだ。



